所により突風、花の雨が降るでしょう

 教皇宮での執務も終わり、自身が守護する宝瓶宮へ歩を進める。テールグリーンの長い髪を揺らしながら歩いていると、唐突に風が吹き荒ぶ。藍色に染まりつつある空に向かって広がり、そして元の位置に落ちる。
 風が起こしたことはそれだけではなかった。急な突風に思わず閉じた目を開けると、赤いものが目に入る。
「…薔薇の花びら。」
 教皇宮へ至る石段は現在非常事態ではない為、魔宮薔薇は敷き詰める様に咲いていない。それでも無機質な石段をなんとか目を楽しませられる様にと、双魚宮の主は無毒な紫色の薔薇を咲かせている。紫は昔から高貴なものに使用されてきたものだ。教皇やアテナに捧げるものでもあるから紫なのだと。
 だが紫と一言に言っても淡い色から濃い色、黒っぽかったりなんだと色々品種がある。特別こういうことに頓着はないカミュが、石段の真ん中で仁王立ちして悩むアフロディーテにこの色で良いと言ったことに目を丸めたのはミロを始めとした同い年の皆だったか。
なんとなくカミュは驚いた表情をしていたミロ達思い出した。
「赤?」
 手のひらに乗った花びらは赤い。しかし石段の両側を咲く薔薇は紫。
「駄目だよ魔宮薔薇を素手で触っては。」
 石段の下、佇みカミュを見上げる水色は間違いなくアフロディーテだ。
「しかしこの魔宮薔薇に毒気はない。」
「それはどうかな?触っている手のひらから徐々に君を侵蝕しているかもしれない。」
 一段、アフロディーテが石段を上る。
「貴方が言うことが本当ならば、私は既に貴方の言う陶酔の内の眠りについているだろう。」
 三段、カミュが石段を律動的な足取りで降りる。
「遅効性の毒なんだ。」
「それならば大変なことになるな。」
 五段、カミュが降りて、四段、アフロディーテが上る。とうとう二人は向かい合う。
「そろそろ、効いてきたかい?」
「分からないな。しかしこのままでは私は死ぬだろう。」
 上目使いに見詰めるアフロディーテは挑発的な笑みをつけたまま。カミュは表情を変えぬまま。一段下のアフロディーテを見下ろし花びらを持つ手と逆の左手を伸ばす。頬に触れようとしたが、何故か触れることを躊躇い変わりに水色の巻き毛を指先で軽く梳いた。
「…貴方に解毒処置をして貰わなければ。」
 水色の巻き毛とテールグリーンのストレートな髪の毛が風に弄ばれる。風に誘われて今度は紫色の薔薇が花びらを分かつ。紫の踊り子達が舞い踊る中、花びらに紛れる様に、カミュは長身を屈めてアフロディーテの艶やかな唇を奪った。
「…これでは解毒処置なんて出来ないよカミュ。」
「知っている。」
 紫色の中に赤い花びらがひとひら舞い踊る。
「それに…その花びらに毒があるなんて嘘さ。」
「それも知っている。」
 幼い時に今みたくからかわれたことがあるから。今でもたまに言葉遊びに誘われて、こうやって戯れる。
 水瓶と魚。どちらも水に縁があるが、実際は氷と毒。少しも近くなくて、かといって遠過ぎるとも思っていない。
「カミュ?」
「…何でもない。」
「まだ何も言ってないのに、何でもないことはないだろう?」
 今度はアフロディーテがカミュに手を伸ばす。太陽が沈んだ後の風は表面温度を拐って、カミュの頬は冷たい。そしてそのまま頬をむにっと摘まんで軽く引っ張る。
「折角綺麗に咲いてたのに、突風のお陰で散ってしまってね…。」
 それがさっきカミュの元に届いた花びらだとアフロディーテは言った。非番の暇潰しに新しい薔薇の品種改良をしていたら、案外綺麗な赤い薔薇が出来た。次アテナが聖域にやって来た時に捧げよう……そう考えていた時にギリシャの自然は牙を向いた。アフロディーテにしては珍しく拗ねている様だ。大切に育てていた薔薇が散れば、怒っても仕方無いだろう。
 摘まんだままだったカミュの頬から手を離す。
「少し伸びてしまったかな?」
 クスクスと笑い出すアフロディーテ。摘ままれた頬を擦るカミュ。顔が熱を持っているのが解る。心も少し乱れているか、クールにならねば……そう考えているとアフロディーテは石段を降りていた。
「ディナー食べて行かないかい?デザートにジェラートとマカロンがあるけど?」
 どちらが良い?と石段を降りたアフロディーテがカミュへと振り返る。
「…マカロン。」
「やっぱり故郷のお菓子が良い?」
「いやジェラートは昨日食べたのでな。」
 アイオロスが出掛けた時に皆にお土産だとジェラートを貰って食べたのだと。アフロディーテが夕食に出そうとしたジェラートもアイオロスのお土産のそれだ。
 アフロディーテは良く食べるからと受け取ったジェラートは、存外量が多いらしく食べきるのに暇が掛かっているんだ…と笑っていた。
 漸くカミュも石段の全てを降りた。こんなに石段の上にいたことはないと思う。待っていてくれたアフロディーテはまた先に歩き始める。カミュはアフロディーテの隣に立つべく、急いで歩き始めた。



お隣さんコンビ。小さい頃に魚に水瓶が面倒見て貰ってたら可愛い。今でもちょいちょい面倒見て貰ってたら可愛い。

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