ファイアーブリック この事態は正に想定外だ。これをイレギュラーと言わずなんと言えば良いのだろう。 「どうかこの後、貴女と過ごす時間を頂けませんか…?」 「………。」 「あぁっ困ったお顔も美しい…!」 アフロディーテのこめかみがピクリと動いたことに、残念ながらこの目の前を彷徨く男は気付かなかった。 今回アフロディーテに下りた任務はとある要人の粛清である。資産家のこの要人は、写真を見る限り人が良さそうな穏和に見える。しかしその裏の顔は麻薬取引の大元として幅を利かせている人物であった。 その要人がとある会合、後に開かれるパーティーに出席するとの白銀聖闘士より報告が入ったのだ。更に彼等の慎重な内定調査の結果、要人は大層の女好きとのことが分かった。 以前の任務にも要人に近付くため女装し、見事その任務を果たした功績があるアフロディーテに白羽の矢が立ったのだ。 そして任務は無事に終了した。 そこまでは良かった。葬った後適切に処理をしたアフロディーテは聖域に帰還するのみとなったのだが…。 「こんばんは、美しいレディ。いやはや本当に美しい…。 そう貴女の美しさを例えるならば夜の宝石の女王と称されるアクアマリンのブルーの如く…!」 「……えぇと。」 自身の容貌が普通の人より目立つということは自覚している。任務ということも考慮してそれが目立たない様に、我等が女神に女装するドレスを見繕って貰い、化粧もして貰ったのだが……。それでも面倒な人物に目を付けられて仕舞った様だ。 完全に退出するタイミングを逃した。もう三十分以上は男から囁かれる口説き文句を右から左に流している。が、彼の口からは尽きることも、飽きることもなく延々と賛辞が述べられ続けていた。これが二人きりなら一寸の躊躇なくロイヤルデモンローズでちょっと意識を飛ばせるのだが。 「…おやアクアマリンのレディ?如何なさいました?」 「ちょっと夜風に…。」 「少し酔いましたか? ささっどうぞ私の手を…。」 ずずいっと出された手を無視してアフロディーテはバルコニーへと歩く。やはりと言うか男も後から着いてきた。 (いっそ、バルコニーから飛び降りてやろうか…。) そんなことをすれば騒ぎになり、妙な噂や事件としてニュースになるだろう。ついてないにも程がある。どうしたものか…夜風がアフロディーテの髪を撫でていった……その時である。 「迎えに来たぜ、お姫様。」 何処から降ってきたか。桔梗色の豊かな髪を掻き上げながら、突如としてバルコニーに姿を現した一人の男。 「なっ…い、一体何処から…!?」 「こら、誰がお姫様だ。」 「冗談だって、そんなに怒るなよ。」 「あっちょっと待って、待ってくれアクアマリンのレディ!」 不意にふわり…と香る薔薇の匂いに、あれだけ喧しかった男が、パーティー会場にいる人々が急に静かになる。 「…殺すなよ。」 「安心したまえ、数分意識を飛ばして貰うだけだ。」 赤い薔薇を片手に魚座の麗人は微笑んでみせた。 「そういう君のほうは?」 「問題無い。例の物はちゃんと処理してきた。」 「ならば結構。戻るか…ミロ。」 一陣の風がバルコニーを吹き抜けて行くと、残された男や人々は何かを忘れたことすら忘れてパーティーの続きを楽しむ。 *** 要人の粛清、取引に持ち込まれた麻薬の処理……任務を無事に終えた魚座と蠍座は聖域に帰還し十二宮を上っていた。 女装したままどんどん上って行くアフロディーテにミロはネクタイを緩め、Yシャツのボタンを外しながら小さくため息をつく。アテナは地味めにしたと言っていたが、元が凄まじいからかやはりアフロディーテの容貌の良さは嫌でも目立つ。先の妙な男に目を付けられてもある意味仕方無いのかもしれない。 現に今もすれ違う雑兵や官吏達の視線が二人に…否、アフロディーテに惜しみ無く向けられている。居心地が悪そうなミロとは対称的に、アフロディーテはその様な視線も、密やかに囁かれる言葉も一切気にせずに進んで行く。 「もう無理。」 「…どうしたミロ?」 おもむろにミロはジャケットを脱ぐとアフロディーテの頭から上着を被せる。 「っ何をする!?」 「目立ってるんだよ、気付いてないのか?」 「…そうか、やはり目立っていたか。」 それなりに自覚はある様だが、それに対しての対策は残念ながらアフロディーテはしていないらしい。 「…取り合えず天蠍宮まで走るぞ。」 「走るって…別に急ぐことは無いんじゃないか? それに私はドレスを着ていてだな……って、おいミロっ!?」 「こうすればドレスを着ていたって問題無いだろう?」 突然お姫様抱っこされてしまった。バルコニーに降りてきた時と良い、どうしてよりによってお姫様抱っこなのだろうか。どうせなら肩に担いでくれと抗議するが、ジャケットの隙間から見たミロは素知らぬ顔。しかしこれは確信犯以外の何ものでもない。 「これでは別の意味で目立つぞミロ!」 「光速で行くから問題無い。」 そういうことでは無い。とアフロディーテが瞬き一つをしている間に、天蠍宮に到着していた。 「取り合えずここまで来れたら良いな。」 「全く君という奴は…。」 「これ以上アフロディーテを他の奴等に見られたくない……それだけだ。」 「いや別にこの格好を見られても減るものじゃ…。」 「アフロディーテ。」 「………。」 射抜く様な蠍座の真っ直ぐな眼差しを向けられ、顔が少し熱くなる。本気で心配してくれているのだと。アフロディーテはジャケットを引っ張り目深に被り、まだ見詰めてくるミロの視線をシャットアウトした。 ―――――――――――― あなたは4RTされたら「迎えに来たぜ、お姫様」の台詞を使って蠍魚を描(書)きましょう。 https://shindanmaker.com/528698 |