カンパニュラ 老師――童虎の計らいで、天秤宮にて紫龍の誕生日パーティーを開くことになった。アテナを始めお馴染みの青銅聖闘士と、任務等で聖域を空けている黄金聖闘士以外が天秤宮に集まった。 最初はきちんと主役である紫龍の誕生日を祝っていたが、久し振りの祝い事に飲めや歌えの大騒ぎを始める。ミロやデスマスクやカノンを始めとした賑やかし担当達を、ムウやアイオリアが宥めて回るが、酒が入った大人というのは面倒なもので止まる所か更に騒ぎだす。流石の状況に紫龍を始め星矢達も引きだし、仕舞いにはご相伴に預かろうと、教皇宮から降りてきた教皇シオンに「うろたえるな小僧共―――!!」と、天井スレスレに黄金のお兄さん達が舞い上がった。 酔いが覚めるのではないかというぐらいに見事な車田落ちを披露して、紫龍の誕生日もといバカ騒ぎは終焉を迎えた。 「すまないのぉ、こう言うのは久し振りだから皆羽目を外し過ぎたようじゃ。」 床に雑魚寝をするミロやデスマスクに適当に持ってきた毛布を掛けながら童虎は紫龍に謝っていた。 「いえ、お忙しい老師の他黄金聖闘士や星矢達皆に誕生日を祝って貰えて……自分は幸せものです。」 紫龍はお腹が満たされ睡魔に負けた星矢、氷河、瞬、一輝に毛布を掛け、改めて童虎へ感謝を述べる。童虎は心の底から嬉しそうに笑っていた。 これだけ祝って貰って紫龍は何もせずにはいられなかった。テーブルの上にある空になった皿を片付けようとしたが、主役は何もしなくて良いとシュラに止められてしまった。あれだけ大量の皿をシュラ一人に任せるのは気が引けたが、ここは彼に任せておけとサガに言われて紫龍は大人しく元の椅子に座った。 「では、私も教皇宮へ戻ります。」 「沙織お嬢さん送っていきます。」 「シュラに言われただろう。君は主役だ、アテナは私が送って行こう。」 私もまだ教皇宮に仕事を残して来ているからと、サガはアテナと共に教皇宮へ戻って行く。因みにシオンは既に教皇宮に帰還済みだ。教皇が戻って執務をしている中、自分だけこのままではいけないと責任感が強いサガは思ったのだろう。 童虎に酔いつぶれたカノンをお願いしますと律儀に頭を下げて、サガはアテナをエスコートしながら天秤宮を後にする。 紫龍はせめて入口までアテナとサガを見送りに出だ。風邪を引かぬ様に、紫龍はアテナに上着を貸す。二人は月明かり穏やかな夜の道を歩いていった。 「…俺も戻るか。」 夜となると流石に寒さを感じる。自分も風邪を引く前に中に戻ろう。……振り返り天秤宮へ歩き出した時だった。 処女宮から上ってきた何者かの小宇宙を感じた。天秤宮の居住スペースに顔を出すことなく、次の天蝎宮に続くこの道を真っ直ぐ進んでくる。そして段々と強くなる薔薇の香り、間違いなくあの人だ。 「…そこにいるのはドラゴンか。」 この世のものとは思えないくらい整い過ぎた美貌が、月下の元に晒される。アフロディーテの姿に紫龍は思わず息を飲んだ。 「アフロディーテ、こんな時間にどうしたんだ?」 「…任務だよ。」 何の任務かは聞かなかった、否、聞けなかった。黄金聖闘士が出なければならない程の任務だ。青銅の自分が問うたところで、答えてくれるとは思えない。 況してや相手はアフロディーテだ。瞬やシュラを通じて彼と交流したことはある。デスマスクも大概だが、如何せん彼の本心はデスマスクより見えにくい。 特に掛ける言葉が見つからない紫龍に、今から報告に行かなければならないと紫龍の隣をすり抜けようとするアフロディーテ。 「…待ってくれ!」 思わずアフロディーテの手首を掴んでしまった。 掴まれたアフロディーテは勿論、掴んだ紫龍本人も驚いていた。何故このようなことをしたのだろうと。 「あ…あの、えっと…。」 何も言わないアフロディーテ。その表情は何処か儚い印象を受ける。 しどろもどろになる紫龍。手に感じた、ぬるり…と手のひらに伝う嫌な感触。 「…アフロディーテまさか!?」 紫龍の手のひらにべったりと付いたのは、アフロディーテの血。 「怪我をしているのか!?」 「…このくらい怪我の内には入らないよ。」 「駄目だ!今すぐ治療しなければ、何かあってからでは遅いのだぞ!?」 どういう経緯でアフロディーテが怪我を負ったかは分からない。分からないからこそ、何か起きてからでは遅いのだ。 点々と、地面に血だまりが出来ていく。動かないアフロディーテに紫龍はどう彼を連れていけば良いか考えあぐねいていた。 「どうした紫龍そんなに声を荒げて?」 「老師丁度良かった。アフロディーテが怪我をしていて…。」 中々戻らない紫龍を心配し様子を見にきた童虎は、紫龍からの言葉に思わず目を見張った。 「…随分と無茶をした様じゃの。」 童虎の言葉にアフロディーテは表情一つを変えず淡々と話す。 「お気遣いは無用です老師。怪我を負ったのも私の不覚が全てです。」 それだけ言うとアフロディーテは天蝎宮――その先、一番上に位置する教皇宮へ歩きだした。 「老師!何故彼を止めなかったのですか!?」 怪我の治療をしてからでも教皇への報告は出来るはず。珍しく取り乱す紫龍に童虎は静かに語り出す。 「あれは……アフロディーテは昔からなんでも一人でなんとかしようとするやつでの。」 十二宮の最後の砦。双魚宮を守護するアフロディーテは、事がある度に進んで自ら先陣を切ってきた。 それは彼が"最後を守るもの"だからだと、童虎は言葉を続ける。 「十二宮の最後を守る時というのは、その前の十一人が敗れたことを意味する。教皇やアテナを守ることは我々黄金聖闘士としての使命じゃ。だがそれ以前に仲間が倒されていくのを黙って見ている……その気持ちがどいいうもの分かるか紫龍。」 黄道十二宮を突破した紫龍だから分かる。それはどうやっても遺されるものの運命からは抗え得ない。 アフロディーテが掲げている「力こそ正義」という信念。力なくば大切なものを守ることは出来ない。故に力無き正義は、彼に取って無意味なものになる。 全ては地上の平和の為。誰よりも平和を望む魚座の黄金聖闘士。自らを犠牲にしてまで果たそうとするその気高くも美しいその精神と行動は素晴らしいものだと周囲は持て囃すだろう。 それをきちんと知っているのであれば。 「…老師、それでは……。」 「それがアフロディーテなんじゃ。」 誰かがやらねばならないことならどんな汚れ仕事でもこなす。そしてそれを誰かに理解されたい訳でもない。デスマスクとも、シュラとも違うアフロディーテの正義は……。 「…余りにも、孤独だ…。」 「なら、お前がその孤独から解放してやるか?」 俯いていた紫龍の顔がバッと勢いよく上がる。 「俺が…?」 「デスマスクやシュラと言う存在以外にも、アフロディーテにはお前の様な人間が必要じゃ。」 「そう、でしょうか…。」 自分で良いのかと表情を曇らせる紫龍に、童虎は優しく彼を諭す。 「あれはまだ22じゃ。どんなに自身で否定しても心の奥底では飢えておろう…。」 人との繋がり、更に云うならば愛情に…と童虎は目を細める。 全ては今更と言われるかもしれない。もし13年前のあの時、自分が聖域にいたならば……未だにそう考えることがある。いたところで何も変わらなかったかもしれない。それでもと諦めきれない思いがある。アフロディーテもデスマスクもシュラもアイオロスもサガも、そしてシオンの運命さえも変えられたかもしれない、と。年長者としての責務を果たせずにいたという呵責は童虎の心に重くのし掛かっている。 「…老師、救急箱お借りしても良いでしょうか?」 「ああ、ついでじゃから余っている料理も持っていけ。」 救急箱とタッパーに詰め込んだ料理を持つと紫龍は駆け出した。今ならまだ天蝎宮を抜け磨羯宮に至る道を歩いている筈だ十分追い付ける。血の道標を辿る様に紫龍は急いでアフロディーテを追いかけた。 アフロディーテと紫龍の何やら不思議な小宇宙に気付いたのか、ぼさぼさになった紺色の髪の毛をそのままに起きてきたデスマスクは弟子の背中を静かに見つめる童虎の隣に立つ。どこから聞いていたかは分からないが事の経緯を見守っていたデスマスクは言う。 「全く紫龍のバカみたいな真っ直ぐさには呆れを通り越して、尊敬の意に値するな。」 とデスマスクは欠伸を噛み締めて言った。まだそこまで時間が経っていないからか、デスマスクはまだ酔いの中にいる様だ。 「…なんか悪ぃなじいちゃん。いらねぇ心配かけたみたいでよ。」 アスガルドの一件以来更に絆を深めたデスマスクだからか、普段は表に出さない彼もまたアフロディーテを心配していた様だ。 「なんの、儂はなんもしとらんよ。」 後は若いもんに任せようと童虎は静かに笑っていた。 またもや間に合わなかったけど、紫龍くん誕生日おめでとう! カンパニュラの花言葉は「感謝 誠実 思いを告げる 熱心にやり遂げる」等々。 龍魚を書くにあたって何かきっかけになる話を書きたくて、誕生日ならいけるんじゃないかと思い筆を走らせればいつの間にかシリアスに…; でっちゃんは酔っぱらってるからか妙に丸いですね。 余談ですがSSのBOGモードでのでっちゃんと紫龍くんのやりとりを踏まえて宅のでっちゃんと紫龍くんは和解(?)してます。 |