ゲインズボロ 何時から降りだしたか分からない雨。午前はあんなに晴れていた空は、今日という日の半分を過ぎて急に泣き出した。強くなったり、弱くなったり雨脚は安定しない。機嫌を損ねた空を、人の子足る自分達がどうこう出来る訳もなく。午後から出掛ける予定をオールキャンセルしたシュラはザーザーと石壁を叩く雨の音を聞きながら、本を読み耽っていた。 そんな時。磨羯宮にぽつんと灯りが着いた様に、一人の小宇宙を感じた。 これはアフロディーテのものだ。確か彼も今日は非番で、早くから街に買い出しに行くと言っていた気がする。当然傘なんて持って行かなかったで有ろうアフロディーテのことを考えるや否や、シュラは読み掛けの本に栞を挟まず慌てた様子で自室を飛び出した。 案の定、頭の先から爪先までびっしょりと濡れてしまったアフロディーテを自室に連れ込む。 「別にこのくらい良いのに。」 「また風邪を引かれても困るからな。」 先日の風邪っぴきを引き合いに出されてアフロディーテは少しだけバツが悪そうにしていた。バスタオルを頭から被せて、アフロディーテをバスルームに押し込む。湯はまだ張ってないからシャワーだけで申し訳ないが、冷えた身体を温めるには十分だろう。彼がシャワーを浴びている間に、寝室から服を持ってくる。無難にシャツとジーパン、それから新品の下着を出して脱衣所に置く。アフロディーテが着ていた服を洗濯機に入れて回して、上がってきたアフロディーテの為に何か温かい飲み物を用意する。 蟹座の幼馴染みがいれば「やり過ぎ。」と突っ込まれそうなぐらいにシュラは甲斐甲斐しく世話をしていた。自分の身の回りが出来ない年じゃない。そんなことは重々承知だ。しかしあれは変なところで妥協し、変なところで自分を大事にしないことがある。幼い頃を知っている自分からすれば、自分がまだアフロディーテを見なければならない……と、そんな気がするのだ。 そう。全ては惚れた弱みである。残念ながら今のシュラに自覚はない。 「シャワー有難う。」 珍しくタオルドライをしながらリビングに戻ってきたアフロディーテを見るなりシュラはピシリとその場に固まった。 「…何故下を穿かない?」 血色の良くなった白い肌の上には、先程自分が用意した黒のシャツのみで。余った部分で上手く隠れたそこからはスラリとした白い生足が見えていた。 「流石に下着まで借りるのはちょっとね。」 ここで例の変なところが出るとは……。思わず顔を覆うシュラに、アフロディーテは小首を傾げた。 「それよりシュラどうだ?」 「何が。」 「彼シャツ。いつぞやか雑誌で見たあれだよ。」 似合うか?と性悪魚は妖艶に微笑んだかと思いきや、直ぐに真面目な表情に変わる。 「しかし幼い時はそれほど背丈は変わらなかったのに、いつの間にか君の方が大きくなってるな。見たまえ。袖は余っているし。ウエストもあってそうで此だけ余っている。やはり武術に長けた山羊座だな。私も同じくらい修行したというのに…。」 人は其々に個体差がある。仕方無いことだと分かっていても、シュラの筋力は羨ましいとアフロディーテは言った。 「どうしたシュラ、さっきから黙りこんで?」 「…いや。」 「むっつり。」 「誰のせいだ馬鹿者。」 「エロ山羊。」 「…黙らないとその口塞ぐぞ?」 「やってみたまえ?ただし今私のはある毒薬を服用している……これの意味が分かるな?」 頬に触れていたシュラの手のひらは、アフロディーテによって払われる。 現在進行形でアフロディーテの身体には毒物で満ちているらしい。そんな状態で口付けを交わし、彼の粘膜に触れればどうなるか……それが分からないシュラではない。分かっているからこんなに残念な表情をしているのだ。 「買い出しに行くというのに随分物騒なことをして行くんだな。」 「非番と言えど、己の力を高めるのに休みは関係無い…そうだろう?」 無論他の人々には影響がない様にしてきたとつけ加える。力こそ正義とする信条に異論を唱える訳ではない。が、しかしやはりアフロディーテは変なところに力を入れる癖がある。そう改めて確認するとシュラは何時ものカップではなく、使い捨ての紙コップを出す。そうしなければキッチンのカップが一つ使い物にならなくなるからだ。 ―――――――――――― お題・彼シャツ |