桃缶

 微睡みの中で不意に感じた小宇宙。倦怠感で身体が怠い中、目を開けるとシスル色の髪の毛がさらさらと揺れていた。
「起こして仕舞いましたか?」
 だったら済みません…と、牡羊は眉を寄せる。本音を言うと眉墨故に本当に彼が眉を寄せているのか、解り難いのだが。
「…移るよ。」
「この間は自分が移るのも憚らずに、私を看て下さったでしょう?」
 今度は私が貴方を看てあげる番だと、ムウは優雅に微笑む。
 額の上のタオルを冷やし直して置き直す。顔色は心配していた程悪く無いようだ。ふと、サイドテーブルの上にある薬が気になった。袋の中に入っている処方箋を眺める。ムウも余り薬関係には詳しくはないが、そんな彼でも分かるくらいの危険な種類が記されてあった。
「珍しい?」
「えぇ。…中には余り宜しく無い成分まで見受けられますが。」
「私の体質上致し方無くてね。普通の人間なら劇物でも、私には薬になるのさ。」
 皮肉だろう?と力無く笑うアフロディーテに、ムウは掛ける言葉を見付けられなかった。
 普段は自ら普通ではない聖闘士としての能力を……自身をこういう風に皮肉ったりすることはない人なのに…。病は意図せず人を弱らせる。それは先日体調を崩した自分も体験したから、分かるのだ。
 弱音を吐くのは私の前だけにして欲しい。私以外には決して言わないで欲しい。過去、魚座と共に全てを欺いてきた蟹座と山羊座より、私との仲はまだ深くは無いけれど。無いからこそ、私だけに。
(我ながら酷い、独占欲…。)
「…ねぇムウ。」
「はい、あっタオル温くなりました? それとも飲み物ですか?」
「…いや、そうじゃなくて…なんか、焦げ臭いんだけど?」
「えっ?」
 次の瞬間、ムウは大きな声を上げて寝室を飛び出していった。普段の姿からは想像がつかないくらいに、大慌てで髪を振り乱しながら、どたどたと走って行った。
 時間帯を見れば夕食時だ。恐らく、夕飯に何か作ってくれていたそれを焦がしたのだろう。
「済みません、お鍋焦がしてしまって…。夕食も作り直すので遅くなります。」
「良いよ、気にしてないから。」
「本当に済みません。」
 面目無いとまたもや眉を寄せながら、ムウはサイドテーブルに皿を一つ置いていく。中には桃が入っていた。
「食欲が無かったら、無理して食べなくても良いですから。後、水分補給はしっかり摂って下さいね。」
 それだけ言うとムウは足早にキッチンに戻って行く。
 未だに怠さが抜けない身体を起こし、サイドテーブルから膝の上に皿を移動する。丁寧に一口サイズに切られた桃に、ムウの気遣いを感じられる。
「…ん、美味しい。」
 ムウの優しさと桃の優しい甘味にアフロディーテの身体の不調は暫しの間和らぐのだった。

――――――――――――

「冬籠もり」より後の話。「お粥」とは繋がっている様で繋がっていない。

ムウさん冷静だけど以外にそそっかしい所があったら可愛い←

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -