スナップス

 本日の執務も無事に終わり自身の守護する双魚宮に戻ったアフロディーテは、彼の小宇宙を感じ私室の前で立ち止まる。予想より早く、迫る小宇宙に急いで双魚宮の表口に向かった。
 アフロディーテが表口に着くのと同時に、神速を誇るガルーダが宵闇を連れて双魚宮に辿り着く。
「…何事かなアイアコス。」
 冥界三巨頭が一人…天雄星ガルーダのアイアコスが態々聖域に、それも自慢の速さを持って上って来たのだ。何事か。先日のミーノスが持って来たような、双方にとって宜しく無い事案が起きたのではないか…訝しむアフロディーテに、それは違うとアイアコスは首を振る。
「今夜一晩…泊めてくれ。」
「……うん?」
 至極真面目な表情で言うアイアコスに、嘘や偽りは見えず。聖域や冥界を揺るがす緊急事態ではない様だが、彼の周りで何事か起きている事は間違いない。取り敢えず立ち話も何なのでと、アフロディーテはアイアコスを連れ立って双魚宮の私室へと移動するのだった。


 適当に寛いでいてくれとアイアコスにソファを薦め、アフロディーテはリビングを抜けてキッチンへ向かう。今日は朝しか使っていないからか、何処と無くひんやりと冷たく感じられた。ケトルに水を入れて火にかけている間、客人に出す茶菓子を冷蔵庫から取り出しアイアコスへ出す。
「それでアイアコス、君が家出をした理由は?」
「家出って…ガキじゃあるまいし。」
「昔、年少の子らが喧嘩した時、態々双魚宮まで家出しに来たことがあってね。」
 それと今のアイアコスは似ている、寧ろ一緒なのだと、魚座はくすくすと忍びながら笑っていた。
「あぁ…したよ、喧嘩。ラダマンティスと。」
「それはそれは。」
「内容は然程重要じゃないんだけどな。」
「人間下らないことで喧嘩するものさ。」
「…そうだよな。今思えば、本当下らない。」
 それだけ言うとアイアコスは口籠もる。
「…まあ君にも色々事情はあるだろうしね、これ以上言いたくないなければ言わなくて良いさ。ただ私で良ければ話は幾らでも聞くよ。」
 そう言うとアフロディーテはケトルの様子を見にキッチンに戻っていく。部屋に一人残されたアイアコスは天井を仰ぐ。存外此処の天井高くないな…とか、的外れな思考。その中でもアイツらの顔がちらついて、心が乱れる。
 アフロディーテがトレイにティーポットとカップ二つを持って戻って来る。ソファの背凭れに身体を預けっぱなしのアイアコスへティーカップを差し出す。ゆっくりと身を起こしアフロディーテから受け取った紅茶を一口飲むとまた口を閉ざす。
「排他的故に。」
「?」
「仲間に対しての思いがより強くなる…。」
「何がだ。」
「似ていると思ってね彼と。…ああ君も彼と同じだったな。」
「話が見えないんだが?」
「こちらの話だ気にするな。」
 優雅にアフロディーテは紅茶に口を付ける。元から話す気は無かったのだと、アイアコスは思った。
「折角だアイアコス、今宵は君に寝床を貸す変わりに一つ私に付き合ってくれないか?」
 良いアルコールが手に入ったのだと、アフロディーテはまたもやキッチンへと消えていく。
 承諾をする間も無く押し切られてしまった…。顔に似合わず意外に強引なところがあるのだな、と少々呆然とするアイアコス。だが泊めてくれる見返りに、アフロディーテの飲みに付き合うだけなら安いものだと思う。
「君はアルコールに強いほうかい?」
「ふっ飲み比べなら負けんぞ?」
「それは楽しみだ。」
 しかしアイアコスはまだ知らない。これが冥界に帰還することを更に遅らせる、二日酔いになるとはこの時露とも思わなかった。

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冥界三巨頭の中ではアイコが一番好きだったり…。

タイトルのスナップスはスウェーデンで飲まれてる蒸留酒。スナップスグラスという小さめの専用グラスで乾杯のち一気に飲み干すのがスウェーデン流だそう。


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