泥中の蓮

 温かなベッドに冷えた風が入り込む。素早く寝ている自分のベッドの中に潜り込むと、アフロディーテは熱を求めて擦り寄ってくる。何時もの如く長く風呂に入っていた割に、絡めてくる足は冷たくて、シュラは思わず声を出した。
「…冷たい」
「ふふ…君はやっぱり温かいな。」
 当たり前だ。ベッドに入って暖まっていたのだから。
 腕を枕の横に出すと、アフロディーテは素直に頭を乗せてくる。触り心地が良い柔かな巻き毛が腕に散ってくすぐったかった。位置を調整しながら、冷静な声が耳に届く
「明日から任務だって?」
「…あぁ、暗黒聖闘士の目撃報告があってな。」
 報告を受けた暗黒聖闘士が悪行を働いていると明確な情報はないが、彼等が何かを事を起こす前に排除せねばならない。類い稀なる格闘センスを有する山羊座に、敵対象の粛正任務を請けることは優先的で、もうそれが当たり前の様に常になりつつある。
 大切なものを護る或いは事を為す為には、力が必要だ。そして力は自ずから護る為に誰かを、殺す為に使われる。一時期はその事を厭うたこともあった。
 しかし幼い頃より何者でもなかった自分が、黄金の名を冠する山羊座の黄金聖闘士となって女神の元、地上の愛と平和を護るという役目を与えられたことに関しては一度も後悔したことは無い。
「この世界を護る為なら、俺は何にでもなろう。」
「…それでも私は。」
「ん?」
「…君が何時か、誰も斬らなくても良い日が来れば良いなって…。」
「またお前はそうやって…。」
 どうして、人の心配ばかりするのだろう。
 平和を護る為に自分の手を汚すことは厭わない癖に。人がその役目を負うとなると否定し、業を一人その身に全てを負うとするのだろうか。其れを云うならばデスマスクも同じだ。自分も同じ13年間の業を背負うものだと云うのに。
 進んで汚れ役を買って出る幼馴染みに、シュラは未だ納得するには至っていない。誰かがやらねばならないことだと、それをやるなら自分が相応しいと…。そんなのは詭弁だ。同じく鬼畜と罵られ、賊の烙印を押された自分には、何故同じ道を歩むことを選ばせてくれなかったのか。
「シュラ…?」
「あの時は…済まなかった。」
「…気にして無いよ。私は私が選んだ事に…後悔なんてしていない。」
 適材適所なんてくそったれだ。自分はあの時護りたいものの一つである大切な幼馴染みに一番辛い役目を任せて……結局、護れなかったのだから。
「お前にも。」
「…うん。」
「これ以上、負わせないで済む世界を…俺が、」
「シュラ。」
「?」
「君はもう、一人じゃないだろう?」
「そうだな…そうだったな…。済まん。」
 思い返せば、今まで楽しかった思い出より辛かった事の記憶の方が多い。それでも。自分が黄金聖闘士にならなければアフロディーテにもデスマスクにも、他の皆にも逢うことはなかった。どんなに辛くても、皆がいたから、自分は今此処にいられる。
 ――だから。


「…此れより山羊座のシュラ、任務地に赴きます。」
 教皇シオンに謁見した後、シュラは教皇宮を下り、双魚宮の庭園に足を踏み入れる。
 朝起床した時にはいなかったアフロディーテが、顔や髪や服に泥をつくことも厭わず地面すれすれに株の様子を見ていた。
「…うん?おはようシュラ。もう出たと思っていたが、まだいたのだな。」
 シュラの小宇宙を感じて、ぱたぱたと軽く土埃を叩きながらアフロディーテは立ち上がる。朝の光に反射する山羊座の黄金聖衣の輝きに、アフロディーテは目を細めた。
「うん。やはり君には黄金が似合う様だな。」
 眩しい程の輝きを放つ山羊座にアフロディーテは手を伸ばす。手に残っていた土がシュラの頬に着くが、アフロディーテもシュラも誰も気にしない。そして、重なる唇。
「吉報しか受け付けない。気を付けて行ってこい。」
「…あぁ。」
 捲っていた袖口を引っ張ってシュラの頬に着いた土汚れを拭って落とす。
 誇り高いアテナの聖闘士に…黄金の山羊座の魂に、汚れ役は似合わない。…それでも君は私と同じく汚れたいと望むのだろうな。
「アフロディーテ。」
「なんだい?」
「お前も、黄金の方が似合っているぞ。」
 自分にやってくれた様にシュラも、アフロディーテの頬に着いている土汚れを拭ってやる。陽光に照され益々輝きを放つ魚座に、もう一度だけ口付けをして、山羊座は純白のマントを翻し真紅の薔薇が咲き誇る庭園を後にした。

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お題・ベッドに潜り込む

甘い話にするつもりが何時の間にやらシリアスに…←

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