アンクレット

 シャラン…と金属がぶつかりあって細やかな音が鳴った。
「?」
 聞き覚えがない音にアフロディーテは首を傾げる。音がした方向。ベッドから先に下ろした足……右の足首には、黄金聖衣の様な金色に輝く装飾を施した鎖。重みで垂れている其処には金色の台座に埋め込まれた水色に輝く石が、慎ましやかに嵌まっていた
「…アンクレット?」
 昨夜寝る前にアンクレットは無かった。寝ている間に誰かが此処までやって来て、態々着けていったのだろうか。
 何故自分の足首に、そしてこれを着けたのは、誰なのか。
「………。」
 アンクレットから微かにあの人の小宇宙を感じた。
 足首に慣れない重みを着けたまま、アフロディーテはすっくと立ち上がると魚座の黄金聖衣をその身に纏う。双魚宮に黄金の光が満ちた。刹那、魚座の小宇宙は聖域から消えていた。

***

 エリシオンの園。ヒュプノスは伏せていた眼を開く。光を写す事のない金色の瞳は、たった今エリシオンに降り立った魚座の方角を見ていた。間も無く魚座はこの神殿へやって来るだろう。
 突然の来訪者に妖精達が騒ぎ出す。彼女らを御し、後ろに控えていろと下げさすのと同時に、魚座の小宇宙が神殿の中に入る。
 魚座の神聖衣を纏ったアフロディーテは、最初と変わらず神である自分を前にしても毅然とした態度を貫く。
「一体、なんのおつもりですか。」
 右足を一歩前に出した魚座は言った。
「人の子はそう言うのが好きだと聞いたが?」
「偏に否定はしませんが、凡ての人の子が好きとは思わないほうが宜しいかと。」
 神話の一つ。オリンポス十二神に名を連ねる女神の伝承に準えて、魚座の足に装飾品を贈ったのだが…。どうやら魚座の名を冠するこれにはお気に召さなかったらしい。
「態々それの文句を良いにエリシオンまで来たのか?」
「えぇ。それからこのアンクレットを外して頂きたく。」
「自分で外せば良かろう。」
「…それが出来ない様に、仕向けたのは貴方ですよね?」
 確信犯だと云いたいらしい。
「アンクレットはお前を呼ぶための口実と言いたいのか魚座よ。」
「違いますまい?」
「其処まで解っているならば、何故素直に此処まで来るのだ。…アンクレットを口実に、私の元まで来たかったのはお前の方ではないのか?」
「…その様なこと。」
 魚座の小宇宙が一瞬揺らいだ。何れだけ平静を貫こうとも、動揺しているのだと小宇宙で分かる。
 一歩、魚座へと踏み出す。魚座は神が纏う雰囲気と小宇宙に飲まれぬ様に、下がりそうになった足にぐっと力を入れて彼は立つ。二人の間の距離が無くなる。
「…理由はどうあれ魚座よ、お前が此処に来た事を私は好ましく思うぞ。」
 顎を掴まれ、唐突に口付けられた。振り払う事も出来ぬ程、アフロディーテは神からの口付けにただただ驚き、しかしその口付けを彼は確かに受け入れたのだった。

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図る眠神。謀られた魚。

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