紅と紺

ミヅキ+ホムラ


「――以上で訓練を終了します。」
 一息ついたのも束の間、あっという間にチャージスピアの訓練が終わってしまった。タバコを吹かしながらやってきた神機整備士のルゼルに「どうだった?」と尋ねられた。
「悪くないね。」
 いつもの胡散臭い笑みではなく、珍しくミヅキはニッと笑った。よほどチャージスピアに手応えを感じた様に見える。しかし今日はチャージスピアとのファーストコンタクトであり、幾らゴッドイーターとなって長いミヅキであっても、やはり新しい神機を操るのはそう容易ではない。
「このままコイツを使うつもりか?」
「んーでもこれプロトタイプだからね…。」
「分かった後で元のバスターブレードに戻しとくぜ。」
再びタバコを吹かしながらルゼルは、神機保管庫へ歩いて行った。

 訓練場からエントランスへ戻ると、なにやら騒がしい。またどっかにアラガミが現れたのかな?と思っていると、受付カウンターのヒバリがミヅキの姿を見るなり血相を変えて状況を説明した。
「贖罪の街にアラガミ反応が出ました。」
「…で?」
「丁度そこでは新人の神機使いの方達が実地演習をしていて……。」
「だから?」
「其処に……引率としてホムラ教官も出向いているんです…。」
 ミヅキは小さく溜め息をついた。ヒバリは悪気があって教えた訳ではない。彼女もミヅキとホムラの仲が悪いことは何となく知っている。ただヒバリは肉親の危機をミヅキに教えない訳にはいかなかった。
「出現したアラガミを見て難易度は10以上、今出撃可能な神機使いはミヅキさんしか居ません。」
 今周りにいる神機使いは遠巻きに見ているだけだった。難易度10……しかもそれ以上ともなれば尻込みしても可笑しくない。
「…………。」
「お願いしますミヅキさん…。」
「…アラガミは?」
「えっ…?」
「アラガミは何の種類なの?」
「あっ……プリティヴィ・マータとディアウス・ピター其々一体ずつです。」
 それだけ聞くとミヅキは人混みを別けて出撃ゲートへと消えていく。そんなミヅキを見てヒバリは急いで任務受注処理をするのだった。


 帝王ディアウス・ピターの側には女帝プリティヴィ・マータが侍っていた。オウガテイル三体討伐するだけの任務が一変、誰が帝王と女帝が現れると予想出来ただろう。まさかの事態に新人神機使いの一人が戦意喪失、一人は何処かに逃走し、残る一人はホムラを守る様に帝王達の前に立ち塞がっていた。
「逃げろ、今のお前では荷が重い。」
「き、教官を置いて逃げるなんて…俺には出来ません!」
 そうは言うが彼の身体は小刻みに震えていた。相手が相手だ無理もない。
「俺が奴等の気を引く。ショウタロウお前は、アーナを連れてバギーまで走れ。」
「ですか…!」
「死にたいのか!」
 ホムラの怒号にショウタロウと呼ばれた少年は、神機を強く握り締めた。
「俺…やっぱりホムラ教官を置いて逃げるなんて、出来ません!!」
 ショウタロウの声に呼応する様にプリティヴィ・マータが、彼へ向けて氷柱を放つ。装甲を展開しなんとか氷柱攻撃を耐えるが、目の前に迫ってきたプリティヴィ・マータの動きに着いていけず、少年の華奢な身体は女帝の前足で簡単に薙ぎ払われてしまった。
 戦意喪失していたアーナと呼ばれた少女の前に、ショウタロウが倒れ込む。
「…あ、ぁ…ショウ、タロウ……?」
「ショウタロウ!」
 アーナが呼んでも、ホムラが叫んでも、ショウタロウはピクリとも動かない。
「嫌、嫌よ…ショウタロウ、ねぇショウタロウ…ショウタロウってばぁ…ッ!!」
 動かないショウタロウを目の当たりにして、耐えきれなくなったアーナは遂に泣き出した。こうなっては二人が逃げることは難しい。
「…来い、貴様らの相手は私だ!」
 足のホルターから一丁の拳銃を取り出し、帝王と女帝へ構える。昔……神機がまた今の様に確立していなかった頃、ピストル型の神機を使っていた。ホムラが手にしているこれはその頃の物だ。無論、今のアラガミにこのピストル型神機は通用しない。だが、もし万が一に備えてずっと所持していたのだ。
 あの子達から注意を反らす為に数発発砲する。
ゆっくりと……女帝プリティヴィ・マータがホムラの方へ、振り向いた。
「……クッ…!!」
 女帝に見詰められて、何時かの記憶がまざまざと思い出される。
あの日、左腕を食い千切られた、あの時の光景が……。
 途端に脂汗が出る。心臓も煩いくらいに脈打ち、奥歯がカチカチ鳴るのを食いしばって恐怖を耐える。右手が震え出し引き金を引こうにも的が定まない。女帝は長い舌でパックリと裂けた口元を嘗めずる。
刹那――空気を裂きながら、ホムラへと迫った。

「…そんな拳銃でどうするつもりさ?」
「………ミヅキ?」
 眼前にいた筈のプリティヴィ・マータはミヅキが貫いたチャージスピアに串刺しとなって活動を停止していた。
「何故お前が…。」
「勘違いしないでよ?ピターとマータが出たって言うから来ただけ。」
 プリティヴィ・マータからチャージスピアを抜き去るとドシャ…と鈍い音をたてながら女帝は地に伏せた。
「引退して何年経ってると思ってんだよ。なのに未だに現役気取って、現場行って実地演習?……笑わせんなよ、アンタ死ぬ気か?」
 絶対零度のミッドナイトブルーが、灼熱の紅を捉える。
「生憎だが私は死ぬ気は全くない。」
「身の程を弁えろっつってんの。」
「お前に言われる筋合いはない。」
「そういうところが傲慢なんだよ。」
「私を罵りに来たのか?お前の役目はアラガミを狩ること……違うか?」
 二人の間を生温い風が吹き抜ける。そして劈く様な悲鳴が上がる。ショウタロウとアーナではない。この声は敵前逃亡をしたもう一人の少年のものだ。
「ケイタ!!」
 ホムラが少年へ叫ぶ。ケイタを追い掛けるのは帝王ディアウス・ピター。先程から姿が見えないと思っていたが、まさか彼を追っていたとは……失念していた。ホムラは自らを責めた。
「きょ…教官ッ!…教か…っ!!」
「こっちだケイタ!」
 拳銃を投げ捨てケイタへ右手を差し出す。少年の小さな手を掴むと、ぐいっと引っ張り自分の後ろ側へ投げ飛ばす。
「うぐっ…き、教官ッ!!?」
 ケイタと場所を入れ換える形となったホムラの目の前には、帝王が口を大きく開け、ホムラへ飛び掛かった。
「…ホムラあああぁッ!!!!」
―――――……。

 小さい頃…母が死んで間も無く、新しい母親が出来た。彼女の腹にはもう既に新しい命が宿っていた。新しい母親は確かに私を愛してくれた。我が子の様に。でも私は彼女に反抗した。死んだ母を忘れることなんて小さい私には出来なかった。どんなに彼女が良い母親でも、私の母は、死んだ母以外いない。
そんな中、お前が産まれた……。

「…あっ…目が覚めたんですね。」
「………わ、たし…は…?…生きてるの…か……?」
「当たり前じゃないですか!」
 看護師として働いていた小守ツバサの赤縁眼鏡の奥にある紅い目が縁起でもないと怒っていた。
「……あの後、どうなった?…新人の子達…は……?」
「…あの後、間一髪のホムラ兄さんを、ヤマトお姉ちゃん達の部隊が救援に駆け付けて無事にピターを討伐しました。…あ、新人の皆は全員無事です。ショウタロウくんは暫く入院が必要ですけど…。」
「………そう…か……。」
「…あと最後に…ミヅキも無事です。」
 ツバサの言葉にホムラは、静かに目を閉じた。どうも思ってなどいないと言えば嘘になる。しかし、今更……弟に、弟と呼んで良いのか……。今更、何もなかった様に、話すなんて……出来る筈もない。
「…ホムラ?」
「……暫く眠る。」
「うん…おやすみなさい。」
 ベッドを仕切るカーテンを引き外界と切り離す。彼の目元で光っていたものを、見ていないとツバサはそっと自分の胸に仕舞った。


「ミーヅキ。」
「……何。」
「はぁ…あっちもあっちならこっちもこっちね…。」
 何処からどう見ても不機嫌なミヅキにヤマトはやれやれと肩を落とす。断っておくがミヅキが寝ているベッドは彼のものではなくヤマトのベッドである。先の任務が終わってからずっと人のベッドでふて寝をしている。
「…これで良かったの?ホムラを助けたのは自分だったって言わなくて。」
 そこまで言うとミヅキは布団を頭まで被ってしまった。
 確かに救援信号を受けてヤマト達の部隊が贖罪の街に急行し、ディアウス・ピターを討伐した。しかしホムラを助けたのは紛れもなくミヅキである。当のホムラは極度の緊張と過去のトラウマで気絶をしていて、誰に救助されたかは覚えていなかった。
それをミヅキは自分だと言わないでくれと言ったのだ。
「…どうしてお互いに歩み寄ることを怖れているの?」
「……今更、」
「?」
「今更……なんて、言えば良いんだよ……。」
 弱々しいミヅキの言葉に、ヤマトは何も言い返せなかった。
―――――……。

 後日、無事に回復したホムラの元に、彼の教え子であるアーナとケイタが駆け寄る。
「暫くはお前達の面倒は見れん。」
 ホムラの言葉にアーナとケイタは哀しそうな表情をみせた。今回の件でホムラ自身が現場で直接指揮を執った実地演習について、上層部から咎められたからだ。罰として暫くの間、謹慎処分が下った。当然の報いとしてホムラはこれを受け入れたのだ。
「その様な顔をするな。お前達は今まで通り目の前の事象に全力を尽くせ。…良いな?」
「教育…私、強くなります…!」
「俺も、頑張ります!」
 紅い目が少しだけ和らいだ気がした。
 エレベーターに乗り込んだホムラに続いて、待っていたかのようにミヅキもそれに乗り込む。
「アレが理想の上官ってやつ?」
「…何が言いたい。」
「別に?」
 相も変わらず不穏な空気が二人の間を漂う。
目的の階層に着いた様でエレベーターの扉が開く。去り際に、ホムラはミヅキの顔を見ることなくポツリと言の葉を落としていった。
「………礼は言わんぞ。」
エレベーターの扉が閉まる。
「性格悪いのな…。」
それは御互い様だろうが……。そう聞こえてきそうな気がして、ミヅキはエントランスへのボタンを押した。




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