カイザイク

ホムラ過去編

※一部グロテスクな表現を含みます。苦手な方はご注意下さい。



 それは少し前の話。

 フェンリル本部に転属となって、六年目になろうとしていた。栄えある本部所属の神機使い……聞こえは良いが、内部の話は一向に聞こえてこなかった。
 探りを入れておくように……そう"彼"に頼まれたのもある。しかしあくまでもこれは、個人的に知りたいことだ。
 世界各地に支部を纏めるフェンリル本部が、何を考えているのか……。
「…分からんことだらけだな。」
 ホムラが呟いた言葉は、誰に聞かれることなく消えていった。

―――――……。

 オペレーターから指定された討伐対象はヴァジュラ一体。欧州地域でヴァジュラが捕捉されることは珍しい。極東地域では比較的遭遇例が多く、ホムラは対して珍しいとは思わなかった。
 周りにいる神機使いが騒ぐ中、ホムラは相棒であるチェリオ・ヌーノと他二人の神機使い共に淡々と出撃手続きを進めていく。
「気を付けて下さい。通常のヴァジュラより能力が高く出ています。」
「…了解だ。」
 同じヴァジュラでも個体によって能力に差異がでる。共食いが進んだ結果によるものが多いらしいが、オラクル細胞自体が学習し強くなっている……と言ったほうが正しいのかも知れない。
 事実ホムラが入隊した時より、アラガミは格段に強くなっている。攻撃行動に防御力、神機使いが強くなるのと比例するかのように。
「ご武運をお祈りしています。」
 同行者を引き連れホムラは出撃ゲートへと進んでいく。足取りはいつもと変わらない。ただ少しだけ不安に思う。しかしこれはいつものこと、恐れることは何もない。
 昨日みたいに無事に帰ってくることだけを考えてホムラは、神機をアンロックした。

 偵察班が誘き寄せたヴァジュラは、雄々しい雄叫びをあげる。余程腹を空かしているのか気性が荒い。最も気性が荒くないアラガミなどいないのだが。
「どーゆー作戦で行くホムラ?」
 いつもの調子でチェリオがホムラの肩に腕を回し作戦を尋ねる。
「後ろ足を斬り崩した後、前足の結合崩壊を狙う。活性化した際にはスタングレネードで動きを封じる。」
「そんでもって頭を潰す……か。良いんじゃねーの?」
 他の二人も異論はない様だ。
「行くぞ。」
 ホムラの静かな声で、戦闘は開始された。

***

 通常の個体より強いと聞かされていたヴァジュラだったが、さして苦戦を強いられるようなものではなかった。想定内の強さだったというべきか。
 近接神機使いであるチェリオにコアの回収をし、同行者の一人の少女が迎えのヘリコプターの手配をする。
ホムラは不覚にも負傷してしまったもう一人の応急処置をしていた。幸い彼の傷は軽傷である。
「コアの回収終了。あとはヘリが来るまで暇だなー。」
 チェリオがさも退屈そうに身体を伸ばす。
「ホムラさん、迎えが来るまで少し時間が掛かるって。」
 少女の報告にチェリオは肩を竦めた。こうなったのも所定のロケーションから随分と離れてしまっていたからだ。
ロケーションからやや北東に位置するこの場所は、ヘリコプターが着陸するには岩が立ち並び邪魔である。だからある程度まで戻らなければならないのだ。
「歩けるかー?」
「腕を負傷しているが歩行には問題無い。」
「そーか、良かったな。んじゃ戻るとするかね。」
 チェリオが青年へ手を伸ばした時だった。


「チェリオ…?」
 一瞬だった。
たった今まで其処にいた赤が、一瞬の内に消え去った。
「……あ…。」
 誰の口から溢れたのだろう。ホムラは、ゆっくりと視線を横にずらす。
「い、やっ……いやああああぁぁぁぁッ!!」
 激しく何かを突き破るような少女の絶叫。
視線の先にいたのは漆黒。ヴァジュラに形が似ているが、ヴァジュラよりも遥かに力が上であろうということが分かる。
 漆黒の王は、肉を食い千切り、骨を砕く音を響かせる。
音も無く降ってきた雨の色は、赤かった。

「…ッ!逃げろッ!!」
 ホムラが鋭く叫んだ。しかし負傷した青年は恐怖に身体を蝕まれ、逃げることは叶わなかった。
 チェリオを腹に納めた漆黒の王は、青年の頭から下腹部あたりまでを一口で食らう。
 そしてまた雨が降る。
「いやああああぁぁぁぁッ!!」
 少女は狂乱した。目の前で仲間が二人も食われのだ。青年を食らっていた漆黒の王に、少女はバスターブレードをその頭目掛け振り下ろす。
 しかし神機は王に当たらなかった。なんという軽快さ。食事の邪魔をされた王は、次の狙いを定めた様だ。
「ああああああああああぁぁぁぁ!!」
「止めろタチアナ!!」
 王に真っ直ぐ向かう少女――タチアナ――に向い、ホムラは強ばって言うことを聞かない足に鞭を打って走り出す。
 タチアナを食らおうと、大きく口を開けて迫りくる王。出来る限り左腕を伸ばして、立ち竦む少女をその場から逃す。

 ――刹那。
タチアナを食らおうとした漆黒の王は、ホムラが伸ばした左腕を食い千切った。
 これこそまさに一瞬のことであった。ついさっきまであった左腕が、無い。視覚から理解して、頭が痛いと感じたのはその数秒後。
「…――――――――ッ!!!!!」
 声にならない悲鳴。とても言葉では言い尽くせない痛みが全身を支配する。ホムラの様子を見てタチアナはギリギリ保っていた気持ちが切れてしまったのか、白目を剥きながら失神していた。
 そんな悲鳴を聞いて、漆黒の王は何を思ったのか――今思い返せば、腹が満たされて満足したのだろう。――王は切り立った岩を難なく越えて、その姿を消した。
 立ち去る王を横目に捉えながら、ホムラはその場に倒れるのだった。


―――――……。


「…………うっ……。」
 ホムラが次に目覚めたのは、真っ白な天井とカーテンで仕切られた病室だった。人工呼吸が取り付けられ、心電図が一定の心拍を伝えていた。右腕にはびっしりと点滴のチューブが繋がれている。
(……嗚呼…そうだ……。)
 顔をゆっくりずらして、恐る恐る…左腕を確認する。腕が無くなるなんて、質の悪い冗談であって欲しい……しかし、あれは夢でなく、現実。
 視界には左腕は映らない。動かしたくても、腕が無いという事実。
チェリオと同行者の青年が目の前で喰われたという事実。
むざむざとホムラに突き付けられる残酷な現実の数々……絶望とはこのことだろうか。紅の瞳から雫が溢れ、絶えず枕を濡らした。

*****

 左腕を欠損したホムラは容態が回復したのち、査問会に出され先の一件の責任を問われた。
 内容は次の通りだ。
チェリオ・ヌーノ、レオナルド・ルルーの神機使い二名のKIA(作戦行動中死亡)認定。
タチアナ・オルティスの精神疾患発症による神機使いとしての機能消失。
そしてホムラ自身も左腕欠損により神機使いとして機能消失。
 査問会が出した判断は不問だった。遭遇例が少ないアラガミ――ディアウス・ピター――の襲撃は、予想されない事態であった為……が主な理由だった。
しかし上層部はこれをよしとしなかったのだ。
「……以上、眞田ホムラ少尉の士官能力を認め大尉へ二階級昇進とします。」
「そして貴官をフェンリル極東支部へ転属とす。」
「…慎んで、お請け致します。」
 良く言えば出世。しかしこれは上層部による厄介払いだ。
神機使いとして機能出来なくなった、更には死者二名、戦闘不能者一名を出したホムラをこのまま置いておくことを良しとしない……いわば左遷と言っても過言ではない。
 ……もしかしたら本部に探りを入れていたことが、上層部の耳に入っていたのかも知れないが、今では知る良しもない。

 即日、ホムラは極東支部へ転属とされた。

―――――……。

「……い、……ホムラ先輩…?」
 目を開ける。視線をずらして声のする方を見れば、そこには心配そうに自分を見つめる水底の顔があった。
「……私、は…?」
「先輩急に倒れたんです。先生は過労だって言ってました。」
「……そうか…。」
 右腕で左肩を擦る。嗚呼やっぱり左腕は無い。
「痛むんですか?」
「……少しな。」
 左腕も痛むが、それよりも胸のほうが痛い。瞼を閉じればあの時の光景。チェリオやレオナルド、タチアナの笑顔が目に浮かぶ。
「先、輩…?」
「一人にしてくれ…。」
「…はい。ゆっくり休んで下さいね。」
 水底は丁寧に一礼するとシャーっとカーテンを仕切った。

"君のせいじゃない"

"この件不問とす"

"あれは事故だ"
"君のせいで三人も…いや四人も神機使いを駄目にしおって…"

"彼らは君のことを怨んでいないよ"

"君が殺したも同然だ"


「………っ」
 鉛色の空は、ホムラの心を映したように哭いていた。



揶揄ちゃんお借りしました。

カイザイクの花言葉は「悲しみは尽きない」


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