時計を少しだけ巻き戻す 荒廃した世界でも学校は昔と何らかわりない賑わいをみせていた。昼休みは今日も、男子が馬鹿騒ぎをしていたり、女子が恋バナに花を咲かせていたり…と、此処だけアラガミの脅威とは全く無関係の様にも感じられるくらい、平和だった。 「ヤーマトっ♪どうしたのーぼんやりしちゃって?」 「…え?…あ、いや別に…。」 ヤマトは友達からの問い掛けに目を白黒させていた。彼女はクラスで一番仲が良い友達だ。今時の女の子らしくお洒落に着飾っているが、気さくでとても親しみやすい子だ。 「もう少しで卒業って感じがしないよねー。」 「そうね…。」 「ヤマトは卒業したら……あぁ、お父さんのところ…フェンリル極東支部に就職するんだっけ?」 アラガミが跋扈する様になってからは、まともに職に就くことがかなり難しくなっている。 そんな世界でヤマトは恵まれていた。父親がフェンリル極東支部に所属する研究員であり、卒業後は父親が働くフェンリルに研究員として就職が決まっていた。コネだとか陰口を叩く輩もいるが、そんなの一々気にしてられない。 どんな形でも良いから人の役に立つ……今は亡き母と約束した言葉。父と同じく研究員として働く限りは、それ相応の知識を身に付け結果を出さなければならない。 「てことはアナグラに住み込みになるのか、今みたく会えなくなっちゃうんだね…。」 「…うん。」 「あっそうしたら、マツオミさん達はどうするの?」 今まで親代わりに面倒を見てくれた使用人の兄や達は、今住んでいる家にそのまま住むことになっている。近親者ではないことが理由だ。 「たまには帰るわよ、連絡しないとマツ達心配するから。」 「それが良いよーマツオミさんヤマトしか眼中にないって感じだし?」 「ちょっ何言ってんのよ!?」 「おやおや〜?ヤマトさん顔が赤いですが、どうか為さったんですか〜?」 友達の冗談に反論していると校内放送が流れ出す。事務員の淡々とした声が呼んだのは、ヤマトの名前であった。別に何かやった覚えは無い。片や何かあったのかと心配の色を浮かべる友達に、心配しないでと言うとヤマトは疑問を抱えたまま職員室へと急いだ。 「失礼します。」 「来たか皇、校長室へ行きなさい。」 「…はい。」 まさか校長室に呼ばれるとは……。ただならぬ雰囲気が職員室中に溢れていた。担任に促されて、職員室の隣にある校長室へと入る。応接様に対面するソファーがあり片方にはハルシオン学校の校長が、そして対面するソファーに座る人物の背中にはとても見知ったエンブレム……神殺しの神"フェンリル"が刻まれていた。 「お父さん…!!」 「やあ、久し振りだねヤマト。」 フェンリルの制服を着た人物は、ヤマトの父親である皇トオルであった。 「皇さん、実はだな…。」 「校長先生私から話をさせて下さい。」 普段は温和な父が、今回ばかりはひどく厳しい表情をしていた。 「単刀直入に言おう。ヤマト…君に適合可能な神機が見つかった。」 「適合可能な……神機……?」 「賢い君ならもう分かるだろう。君はゴッドイーターになるんだ。」 「ゴッドイーターに……。」 父が持ってきた鞄の中から一枚の書類がテーブルの上に出された。それはフェンリルから正式に発行された書類だった。 フェンリルの庇護下にいる人間はいかなる理由が有ろうと、これを拒否することは出来ない。 「卒業を目の前にして、ヤマトにこの事実を伝えるのは私も辛い。」 「…………。」 「だが"人の役に立つ"…君のこの夢はゴッドイーターだろうと、研究員だろうとその意味は同じだ。…私の言っていることが分かるね?」 諭す様に囁く父の声色は、優しかった。父の言葉の意味が分からぬほど、ヤマトは子どもではない。それになにより神機使い適合候補者となった今、拒否権など何処にも無かった。 俯いていたヤマトが顔を上げる。そこには爛々と輝くスカイブルーの目が力強く父を見つめ返していた。 「私、ゴッドイーターになります。」 適合試験を翌日に控えていたこともあり、校長の計らいでヤマトは特例としてその日の内に卒業ということになった。 三年間を共に過ごしたクラスメートに別れの言葉を…と担任に求められたのだが、ヤマトはこれを断った。 急に決まったからと言うのもあるが、ただ単に別れの言葉が浮かばなかったから。しかもそれを言ってしまったら二度と……皆と会えないと思ってしまったから…。 「……今まで、有難う御座いました。」 担任を始めとした他の先生達、校長と教頭先生に深く一礼をしヤマトはハルシオン学校を去って……否、卒業して行った。 それから、数ヵ月後…。外部居住区周辺の防衛任務に当たっていたヤマトが、助け出した女性は卒業した日となんら変わり無い態度で話かけてきた。 「久し振りだねヤマト!」 「レベッカ…!?」 「なんだかすっかり大人っぽくなっちゃって!ていうか、酷いじゃん!私にも何にも言わずに卒業とかさー!?」 「相変わらずお喋りね…。」 「ウザい?」 「ううん、逆に変わりなくて安心したわ。」 ハルシオン高校を卒業した後、彼女は近所の和菓子屋で働いているという。 和菓子屋の跡取りの息子がアラガミに襲われて死んでしまったそうだ。 「でね、息子さんの変わりは出来ないけど、私が息子さんの味を伝えていく!…って言って半ば無理矢理っぽく?働かせて貰ってるんだ。」 「本当変ってないわね。」 「私から強引なところなくなったら私じゃないでしょ?」 今度食べに来てよ。飛びきり美味しい大福御馳走するから……そう笑いながら彼女は和菓子屋がある方へと帰っていった。 「…ヒバリちゃん?ちょっと外部居住区に寄り道してくから、帰還遅れるわ。」 許可を貰ったヤマトは自身の神機を専用のケースに仕舞うと、友人が走って行った後を追い掛けた。 ← |