Loka-Purusha


「ほら。皮のすぐ下に、もう、骨がある」

 グランの腹あたりについた薄い筋肉を指先で触り、「肉付きが良くない」とウルビダは呟いた。まるで小馬鹿にするような声だった。
 元々グランは小食だったし、それに、鈍重な体を無理に作り上げるよりは俊敏で威力のある動きに必要な筋量だけで十分と考えていたのだが、ウルビダの目からすれば、鍛え方が足りないように感じるらしい。もしかすると、全部分かった上でも常々難癖をつけがちなそんな彼女のことだから、そういった可能性もあるのかもしれない。

「……つきにくいんだから仕方ないだろ」
 この年齢では、女の方が男よりも貯えやすいんだ、とは言わなかった。どうせ、生まれ持った男女の性差なんて取り合う気など一つもないのだ。その一点においてウルビダは、呆れを通り越して感心するくらい強情に、激しい対抗意識を持っている。

「それに、昔と比べると、ずっと逞しくなったと思うんだけどな」
「そんなもの」
 ウルビダは鼻で笑った。

「比較しても仕方がないだろう、以前はただの骨だった」
「いや、それでも骨はないだろ」
「骨だった」
「本当に、前よりは筋肉がついているんだよ。一応は。俺に対して優しさとかないの」

 異を唱えるグランを、ウルビダは首を傾げ不可解そうな視線で見つめた。考えるようなその仕草のやや後で、ウルビダはさらに一歩、グランに向かって踏み込む。とはいえ、元からそれほどの距離はなかったが。ウルビダはグランの脇腹をがっちり掴むと、肋骨の筋にぐりぐりと指を揃えて押し込んだ。グランの膝上へ弾力のある太ももがのしかかり、局所にかかった二人分の重みで、ベッドが苦しそうに鳴いた。次いで走った痛みに、グランはこっそりと眉をしかめる。痣ができたかもしれない。 筋肉の流れを辿って、あるいは骨を数えて、ゆっくりと胸から背へウルビダの腕が滑っていく。されるがままとなって、ため息とともに、グランは両腕を支えとして後ろについた。それから何となしに天井を仰ぐ。白いだけのタイルの並びに、「病室だ」と、そんな誰かがこぼした感想を思い出した。

 ぼんやり物思う間にも、その裸の上半身を、ウルビダの手のひらは執拗に這っていく。くすぐったいような気持ちがいいような。下腹部がもぞもぞしたものに覆われるこの気まりの悪さを、グランはよく知っていた。

 いつの間にか、密着した双方の肌は湿り気を帯びて、どちらから来たものかわからない淫靡な熱が、うっすら纏わりつきはじめていた。ウルビダの緩慢な動きに、理性の内側にある何かが誘い出されていくのを感じ、グランは高ぶりに気づかれないよう、長く息を吐き出した。

 その時もまだ、グランの首筋にかかる上気した吐息と裏腹に、ウルビダの考え込むような視線は至って真剣で、驚くくらい生真面目だった。そうやって彼女自身が真摯に、道徳に正しくあろうとすればするほど、努めて目を背けようとしている性的な部分は際立って見える。些か厄介だが、当の本人にとっては恐らく、何を意識してのことでもないのだろう。
 またそれは、何も今置かれている状況だけのことではない。禁欲的に無駄を削ぎ落としていった結果、どういうわけか今は、他人の体の具合を評価するには十分すぎるほどのものに育っていた。感情を律しすぎたために、体の方でその反動が迸発したと思えるほど、その思想にそぐわずして、ひどく甘やかに。

「……何のつもりだか知らないけど、そういつまでもベタベタ触られてると、俺だって、さすがに気分が出てくるよ」
「私は……そういった、つもりではないが」
「俺は今から、そういうつもりだけど」

 腰に手を回し、その柔らかな腿の下に膝を潜り込ませると、ウルビダは微かな緊張に体を強張らせた。そしてすぐさま、照れ恥じらうわけでもなく、戸惑うわけでもなく、不可解なものに出会ったような怪訝な表情で眉を寄せた。目元の潤みや手のひらの熱、紅潮した頬、首筋からむき出しの肩へ滴る、女の汗の淫らな匂いが、正しく欲情を伝えているのに大きく反して。惚けたように半開いた唇が不自然に濡れていた。舌で舐めたのだろうか。それは、いつ、なぜ。全部が絡み合って、ひどくいやらしいと思う。

「……お前は、破廉恥だ」
「分かってるよ、全部俺が悪いんだろ。いつも俺ばかりが悪者なんだ」
「それは、お前が自分勝手な行動でチームを乱すから非難しているのであって、私だって根拠もなしに責めようとしているわけでは」
「はいはい、それはまた今度ね」

 そしてばつの悪さを誤魔化すように、グランは非難に尖った柔らかな唇を食んだ。ウルビダの納得のいかない顔つきは、けれども突然のそれに対する拒絶ではなかった。まるで不可解なものを見極めようとする視線が、伏せられる直前、逡巡するように動いた。

 背に回されていたウルビダの腕には力がこもり、押し付けるように当たった胸から、妖しく高鳴りが響く。吐き出される悩ましげな息ごと吸い込んで、グランは、冷たげな振るまいの下へ隠されていた生温かい口内の粘膜に、舌を存分に擦りつけた。無音の空気を割って静かに、唾液の絡み合う音が聞こえる。消極的な粘膜に吸い付く音を聞かせる。そうやって、倫理観からかけ離れた彼女の情欲を、グランは少しずつたぐり寄せていく。

 さも我慢しているという具合を装って、ウルビダは苦行を耐え忍ぶような悲痛さを滲ませて、固く瞼を閉じていた。その薄い皮膚の裏に、ウルビダは何を見ているのだろう。誰の強要もない、これからの全ての行いに対して、彼女がどんなふうな理由をもって、どう折り合いをつけようとするのだろう。異質な彼女の内側を、早く暴いてみたかった。