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監視されている気がするのはきっと気のせいでも思い込みでもないのだろう。見張られている。余計に動き回って屯所内に風邪菌をばらまく遊びも、面白くないとは言わないが、それで真選組が風邪菌に侵されている間に浪士たちがのさばるのは明らかに面白くない。耐え難い蒸し暑さで背中に汗をかいている。たまに気まぐれで土方副長が団扇を仰いでくれるぐらいで、あとは風は来ない。セミが鳴くにはまだ時期尚早、みんなの大好きな夏休みはもうあと少しだ。山崎退のようにはっきりしない空模様は、少し空いた障子の間から見える。はっきりしろ。天気だけじゃない。肌の表面はとても暑苦しくて仕方がないのに、頭と体の中だけは薄ら寒い。


「熱は」

コワイ。


「えっと、ないみたいです」
「これから上がるだろうな……」
「……あ、体温計は」
「暫く医務室には返さなくていい」
「はい」
「……」
「……あー」


だめだ。肩も頭も、そこら中が鈍く重たい。少し疲れていた。本当に少しだけ。それがたまたま、やってきた風邪菌とうまく組み合わさってしまっただけのことだ。咳やくしゃみよりも、今現在副長に見守られているという状況の方が俺にとっては遥かに辛い。何故だ。何故、副長直々に病人、まして風邪を引いた自分の傍に居られるのだ。体調管理を怠り、副長が、務めを果たせないただの風邪引きなんぞに付き添ってくださるだと!?


「お前」
「はい」
「さっきから、」
「は、はい…」
「顔色マジでゾンビみたいだぞ、ふ」
「……もしかして笑ってますか」
「自己管理が足りねえな」
「……本当にすいません。反省しています」
「今日は勿論」
「え」
「暫くは要安静要休養」
「はぁ……」
「はぁ……じゃねえだろ。早く治せこの馬鹿」


しかしこれは夏風邪ではない。「馬鹿が引く」なんて不名誉な迷信がおまけに付いてくる夏風邪なんて、私がかかるはずがない。普段の自分ならいくらでも恍けたことを言えた気がするが、今じゃ意識の方が恍けている。脳裏に浮かぶも、喉からすぐには言葉が出てこずに、受け答えするので精一杯だ。風邪を引くのも子供のころ以来か。こののしかかるような怠さもなんだか懐かしく、横になりながら誰かとお話しするのもいつぶりだろうかと思い返す。でもまぁ小さなころには、お母さんに介抱してもらったっけ。人恋しさを隠しもせずに、甘えたっけなぁ。振り返れば、その分なんだか寂しくなる。真選組に入る少し前までの私の人生は、結構順風満帆な方だったのかもしれない。こっちに来てからは仕事ばかりしていたから、病気をする暇もなかったんだ。具合が悪い時というのは、心まで弱ってくる。不思議なもので、今まで出てこなかった欲が、一気に頭を擡げる。誰かとくだらないことでずっと話していたい。だらだらと世間話をするような、女の子の友達も、ほしい。


「……おい?」
「え?」
「いや、べつに」
「え?」


不可解な言動に訝りながらも、もう一度布団を深くかぶり直す。蒸し暑いが、きっちり絞られた布巾が乗るおでこだけ冷たく、気持ちがいい。一度目を瞑って鼻から空気を吸い込むと、慣れた布団の匂いが入ってくる。しかし熱いな。もう一度瞼を持ち上げた時に、かちりと視線が合う。運命かな?なんて茶化す元気も今は湧いてこない。副長は、懐かしい目をしていた。良く言うと、お父さんみたいだった。悪く言うと、老けていた。風邪引きながらこんなこと考えてるなんて、そんな、言うのはやめておこう。


「今度、飯でも行くか」
「……」
「なんで黙ってんだ」
「……へへ」
「おい」
「……」


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