「……あーあ」

太陽はぎらぎら輝かしい光を放っている。世界の中には日差しが必要な人もいれば、私みたいに、降り注ぐ紫外線はお肌の敵だと神経質なまでに避けたがる人もごまんといる。手を翳して上を仰ぎ見た。幸せなのは明らかに後者だ。私だ。プラスチックみたいに透ける色の首飾りを掴むと、それは少しだけひんやりと冷たさを保持していた。じりじりと、眼が傷められている気がする。
何も見えなくなったら、今より見えていた幸せは遠くなるのかもしれない。何もいらない、と駆け出したばかりだったのに、いまさら誰かに縋りたくなった。




「おい」
「…」
「そんなところで何をしているんだ」



どこから出てきたのか、よく知る声が後ろから届いてきた。確認するまでもないからそのまま返事をする、なんて、本当はただ、鴨太郎に振り向きたくないだけ。彼はそれをわかっていてこう言うから、意地悪だ。



「……立ちション…と言ったら?」
「気持ち悪い。既に関わり合いになりたくない」
「嘘ですごめんなさい二度と言いません」



冗談に決まっているのに。ごまかした私の言葉に対して、彼は鋭利な言葉のナイフを使って巧みにわたしの心を刔る。鴨太郎は将来が恐ろしい。

今振り向いてしまえば、きっと呆れ顔でこちらを見る鴨太郎がいる。だからわたしは彼に背を向けたままじわりと滲み出てきた冷たい汗を拭う。なんでこんな時ばかり構うんだろう。私が心底参っている時に限って、ゆっくり歩み寄ってきたりする。いつもはわたしなんか置いてさっさかどこかに行ってしまうくせに。天邪鬼かよバーカ、とは言わないでおく。やさしさという名の我慢である。



「おい」
「なに?」
「こっちを向け」
「やだ」
「じゃあどうしたっていうんだ」
「お、親と喧嘩した」
「嘘だな」
「なんで!」



なんでわかるの。「君がこっちを向くなら教えてやってもいい」そんな事言うだなんて、わたしが今鴨太郎に顔を見られたくないから、素直に振り向く筈がないだろうことをわかっているのに言う鴨太郎は意地が悪い。意地が悪い。そんなんだから友達いないんだよ、とは言わなかった。これもやさしさという名の我慢である。わたし優しすぎるだろう。なのになんでコイツはこんなにずけずけと。わざとかな。



「ねえ」
「なんだ」
「三秒だけ目閉じて」
「何故だ」
「女の子には色々あるんだよ」
「……君が?」
「驚いたような顔!」


きっと、鴨太郎はわかっているんだ。私が今誰かを必要としてることも、私が意地を張ってることも。だから逃げないでおこうと思う。彼なりのやさしさなんだ、という自分に都合の良い解釈でまとめておく。素直じゃないから言えないってことにしといてやる。「じゃあ今からね」いち、振り返ったら、鴨太郎はちゃんと目をつむっている。に、すぐに近寄る。さん、薄いけどしっかりと堅い胸に顔をうずめて抱き着いた。鴨太郎が目を開けたかどうかはわからない。都合の良い涙腺が簡単に緩む。


途端に止まらなくなった。ぼろぼろぼろぼろ。それはそれはもうダムが決壊したかのように私から涙が出続けて鴨太郎の服が濡れる。ありふれた表現も、今はそれが一番しっくりくる。なんで泣いてんだっけわたし。忘れちゃった。けど、ずっとこうしたかったんだ。鼻水は付けるなよ、と上から声が聞こえてきた。私が出したはいはい、という声も震えていてなんだか情けないなと思った。

「ごめん」
「…」
「ごめんね」
「黙って泣け」


鴨太郎に、わたしは感謝しなくちゃいけない。素直じゃないのはわたしだよ。服汚してごめん。鼻水ついたと思う。それと、黙っててくれてありがとう、ってまだ言えなくてごめんね。鴨太郎の近くに生まれてきて良かった。そんな風に、言えない言葉はたくさん溢れてくる。彼は、辛いことがあったらさっと現れるヒーローってところだろうか。私が鴨太郎のことを好きになったら、やはり迷惑だろうか。
うちと同じの、お揃いの合成洗剤のにおいがした。どうも有り触れたそれは鴨太郎に似つかわしくなくて、私は私の手で選び直してあげたいと思った。太陽は徐々に沈もうとする。けれどまた呼んでもいないのにパッと現れて、寂しさを持って帰って行く。また次の日も。私は確かな、裏切らない、必ず差し出される手に、知らず知らず助けられていた。彼のそれは、気まぐれではないと解った気がする。どうにもまっすぐ前を向けなかったら、それでも、今は良いのだと。
こういうのって、甘いかな。とても甘やかされているかもしれない。背中に回された手が、やけに暖かいのだ。



10.05.26


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