漸く目的地の辺りまで来た。そんなに郊外でも無い筈だが、此処はやはり喧騒が犇めくかぶき町とは正反対とも言える閑静な土地である。あいつの好きそうな心地の良い静けさが広がっている。

しかし毎度の事ながら、そこに行くにはちょっと労力が必要だ。あと何年後くらいまで自力で行けるのかなんていう事は知れたもんじゃない。じじいになったら、その時はヅラと歯を食いしばりながら競って来る事になるかもしれない。原付を路肩に寄せてから、先の長い坂道を見上げた。



まったく、こんな所に毎年来なきゃなんない奴への配慮が相変わらず微塵も感じられない。だが、言っても変わらないのは重々承知している。
カギを懐にしまい込み、団子の入った袋と花束を片手ずつに持ち、坂を上る。一歩一歩がかなり重い。ぜえはあ言いながら痛む脚を持ち上げて、坂道と格闘する内にようやっと先が見えた。そして同時に確信した。明日は筋肉痛。




「…毎年毎年は…きついわ…コレ」


やっと坂を上りきった頃には、腰は痛いわ脚は痛いわで額にはうっすら汗が滲んでいた。独り言を言うにも息が切れている。やっべ、このペースだとじじいになるまで持たないかも…。危機感を覚えながら空いた方の手の袖で汗を乱暴に拭い、また歩き出す。続く田舎道には砂利がぼろぼろ散っている。歩を進めると、一片の懐かしさがふいに背を伝った。


ちらほらと道の脇に咲く花の名前を思い出しながら進む。夕日が体に照り付けていて、少々暑い。さっさと帰りたくなったが、此処まで来たからには途中で引き返す訳にはいかない。なんせ、花と団子が無駄になる。

あーあー。今年も律儀に墓参りをする俺を誰か褒めてくれ。

空いている方の手を宙に向かってうーんと伸ばす。背中の筋肉がぴしぴし言っている。目を細めて前を見遣ると、ゴールである野原があった。よし!自分でもどこから出るのかもわからない力を抽出して、嫌がる身体に鞭を打った。うおおおと叫びながら走る。必死に出した声が掠れていて、すぐに虚しくなった。端から見たら早めに歩いてるようにしか思えないかもしれないが、これが今の俺の全速力だ。そのまま同じような砂利道を無我夢中で脚だけ動かして、漸く野原がはっきり見えた。ナイスファイト、俺。ラストスパート。




「到着ゥゥゥ!」

あいつにももしかしたら聞こえるようにと掠れ声で叫んだ。情けない、とクスクス笑われたような気がした。
脚にブレーキを掛けて無駄にどきどき言う心臓を抑えながら止まる。こんなに頑張ったんだし、お疲れ様の一言が欲しい所だが、まあ仕方ない。お待ちどうさんよー。息を吐きながらに小さく呟く。よし、少し休憩をくれ。



「…ふー」


今年も相変わらず荒れ放題伸び放題の雑草が、風に吹かれてさわさわと揺れた。深呼吸を何度か繰り返した後に、野原に踏み入る。風が気持ち良い。なんだか、有り得もしないのに、それはあいつの仕業なような気がした。思わず少し笑うと、また草が揺れる。こんな風に考えるようになるなんて、俺は何と言うか、やはり老けたのかもしれない。


「あー…疲れたわー」



お前も歩けってんだ。太るぞー。ぼそぼそと言いながら、真っ直ぐに歩む。今のあいつが生きてたら多分ぶん殴られてたわ。危ない危ない。
此処は何でもない、人の手は行き届かない草原である。この近くに住居はおろか建物は建っていない。坂の上のちょっとした景色の良い場所。ターミナルが普段より幾らも小さく見える。しかし、俺は景色を眺めに来たのではない。ここには、あいつの墓が在るのだ。
旧友と言えばいいのか、同士だと言えばいいのか、定かではないが今更そんな事は問題では無い。同じ釜の飯を食った、それだけははっきりしている。



しかし墓なんて言っても、大きめの岩のような石のようなそれが中央にどんと置いてあるだけで、実際に野原の何処にも、あいつの骨は埋まっていない。つまりは寺に在るような正式な墓では無いということだ。俺らがあいつの悲報を耳にしたのは、あいつが死んでから随分経った後だった。それ故、亡きがらが何処に往ったか等詳しくは知る由も無かった。ただ、戦が終わってから長い間、病床に伏せっていたのだと。病名は聞けなかったが、そう聞いた。

きちんとした命日を知らないから、俺と一緒に拾われたあいつの墓参りには毎年今日行くと、勝手に以前そう決めた。どうしてかはわからないが、ヅラも同じくそう考えているらしい。何故此処に墓を作ったかと言えば、生前、あいつはこういう場所が好きだったから。それだけの理由。だから、俺らが此処を忘れてしまったら、この小さな墓は、墓でなくなってしまうのだ。





息を吐いてから、こんなでも一応墓石であるそれの前にしゃがんだ。土埃を掃ってから、先程までの道のりで些かくたびれた気もする花束をそっと置く。そして団子のパックも。
みたらしじゃなくて悪かったな、来年はきちんと買ってくるから、怒んないでくれよな。お前怒るとマジ恐いから。




「よう、去年ぶり」

同じ姿勢のまま話し掛ける。ここには魂も骨も眠っていない。団子は放っておけば腐る。だからいつも、二本、目の前で俺が食べてしまうのだ。残り一串、地面にぶっ刺して。今年も同じ。全然素敵な画じゃないし、むしろ笑える光景なのだが、俺的には満足だ。後から来たヅラが、それを取って食っていなければの話だが。

「銀さんしっかり花も団子も持ってきてやったぞ」

次第に、体勢を保つのに疲れてきたので地面にどっかり胡座をかいて座る。こっちの方が楽だし、お前もどうせそこで胡座かいてんだろ。わかるぞ俺ァ。

「おし、よーく聞いてろよ」

石を眺めてから、ゆっくり瞼を閉じた。そうしてから、もはや恒例になった言葉を唱える。あの人に説かれた中で、あいつが一番好きだとこぼしていた。不思議と俺も、これだけは忘れられないのだ。

――雑草というのは、喩え踏まれても強くしぶとく生き続けるから雑草なのであって、そうしてやっと、逞しく成長してゆくのです。

綺麗でなくとも、生きている事が幸せだと言っていた。あいつは今どう思っているのだろうか。病没なんて悔しかっただろうか。辛く苦しい、その真っ只中に傍に居てやれなかった事がどうしようもなく胸に迫る。そう、此処に来る度に考えてしまっていた。だけど、そういう事に敏感だった、お前に祟られたくねえから。というのは、言い訳。毎年、俺は今日の事を聞かせるのだ。
そうしたらいいと、勝手に思っている。





「今年も俺ァ無病息災で通したかんな、ばりばり元気だわ」

「それとよ、今日やべーよ、ケーキなあ、かんなり食った食った。もう腹いっぱい。どうだ、羨ましいだろ」

「だけど、貧乏だからな、ガキどもの手作りだもんで、んまあぐっちゃぐちゃで汚いんだなーコレが」

「しかも、神楽…あ、夜兎の方のガキな。そいつがなんかよくわからない毛玉みたいな絵描いて寄越したんだけどよォ、これ俺だって言って聞かねーんだよ、まったく、ほら、見てみろこの紙。な?」

「あと、新八っていう眼鏡の方は、肩たたき券、って紙切れ渡してきてよ、揃って紙で済ませやがった」

「ったく、孝行ってもんを知らねえよ最近のガキは」

「でもよ、いくらバカで不器用だからってこれは無いんじゃないのってな、言おうと思ったのに、言えなかったわ、うん」

「…まぁ、な。聞いてんのかわかんねーけど、一応言っとく」

「…俺ァ、案外、上手くやってるよ」


言い切って、肩がふっと軽くなった。頭をがしがし掻いた。ゆっくりと立ち上がって、着流しに付いた砂を払う。


「ちゃんと、な」


思い出して団子のパックを拾い、吹いてきた風を吸い込む。青臭いが、それで良かった。口の端を軽く持ち上げて、墓に背を向ける。揺れる草が、やっぱりあいつの仕業にしか思えなかった。






さっと雑草を越えて野原を抜け、暫くすると、坂を、あの奇妙な白いペンギンと一緒に上がってくるヅラの姿が遠目に見えた。良かったな、おい、ヅラも今から行くってよ。心の中だけで呼び掛ける。あ、団子、食わねえように奴らに言っておかなければ。俺が無い金を叩いて買った、あいつの分の団子なのだから。


また来年。


今度も声には出さずに口を動かすだけにして振り返らず歩く。そちらを見るのは、きっかりもう来年までお預けだ。次の土産には、みたらし団子にプリンも付けてやる。それまで、万事屋家業が続いてたらの話だけど。きっと大丈夫。お前の分まで、なんて大それた事は言えねーけど、しっかりわかったつもりでいる。
ああ、俺は、生きなければならない。






人の繭

SAKATA HAPPY BIRTHDAY!
1010



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