※学パロ




目が乾いて瞬きが増えてきた。握りしめていたシャープペンシルを冊子の上に放り出し、椅子の背もたれに体を預けて力を抜く。気分転換を兼ねて図書室に来てみたはいいけれど、普段と違う場所で机に向かう事によって増した筈の気力は、とうにほとんど切れかかっている。一緒にここに来たはずなのに数分して机に突っ伏してしまった坂田くんは今も微動だにしない。

目を閉じて、考えたくないことは一旦頭の端に追いやってみる。
鼻から息を吸い込んで吐こうとした時ふいに、近くでカシャンと何かが床に落ちる音がした。

反射的に瞼を開くと、目の前の彼はハッとした様子で目を覚まして顔を上げたところだった。頬には腕に長いこと押し付けたせいで付いたと見える赤い痕がある。痺れてそう。


「…やべ」
「ぐっすりだったね」
「まあな」
「はいこれ」


小声でなぜか誇らしげに言う彼がおかしくて、笑いながら自分の足元まで転がってきたシャープペンシルを拾い上げて見せる。
あ。という音が聞こえてきそうな間の抜けた顔を認めて、腕を伸ばして渡したら、受け取った坂田くんはまた眠そうにあくびをした。

坂田くんの誘いで連れ立って勉強しているはずがまったく捗っていないようで、盗み見たノートもほとんど真っ白だ。妙に敏い彼は私の視線に気づいてか、さっとノートを閉じて、「なぁなぁ」と言うように口だけ動かして壁の時計を見るよう目で合図する。時計の針はそろそろ下校時刻を指す。


もう一度正面を見ると、坂田くんは閉じたノートを再び開いて何かをさらさらと書いている。不思議に思いながらじぃっと見つめていると、彼は開いたノートをこちらにずいと押し出すように見せ付けた。


「……どっかよってかえろう?」


思わず声に出して読み上げてしまった。だってだって、信じらんない。


「読んじゃうのかよ!」


坂田君の大きめの声が図書室に響く。瞬時に室内のあらゆる方向から戒めの視線が飛んでくる。肩をすくめ、そそくさと荷物をまとめ出した坂田君に続くようにカバンに参考書たちを放り込む。
こちらをちらりと見た坂田君と視線が合う。その目はいつもと変わらない。私はドキドキしてしまう。


「い、いいよ」
「…マジ?」


はやる鼓動に任せて、うんうんと強く頷けば坂田君も何かを確かめるように頷く。もちろんだよ、なんて言えないのは自分でも痛いほどわかっていた。さっと立ち上がって、椅子をしまう彼に従って私も鞄を持ち上げて席を立つ。先を行く彼の半歩後ろを歩いて図書室を出た。人のいない廊下で、少し歩調を合わせるように緩めてくれた坂田くんの隣を歩く。


「お前さあ」
「ごめんね、つい」
「いたたまれなさで死ぬかと思ったわ」


別にいいけどな、と首を掻きながらふっと笑って言う坂田くん。坂田くんと並んでゆっくり歩くなんて。私にとったら現実離れしてるような感じで、足取りもなんだかフワフワしている。廊下の窓からはそろそろ傾いてきた日が差し込んでいる。橙に照らされる色素の薄い髪はいつもより輪郭がおぼろげで、めちゃくちゃ綺麗。


「どこ、行くか」
「坂田君が決めて良いよ」
「クレープ食おうぜ」
「うん!賛成」


夜ご飯食べられなくならない程度にしておかないとなぁと頭の片隅で考える。廊下を渡り階段を降りていくと、昇降口にも強く日が差していた。下駄箱の前までやってきて、散々履き潰して汚れた上履きを脱ぐ。


「あと何回クレープ食いに行けんだろ」
「好きなだけ行けば?」
「違ぇよ、放課後」
「…ふ、冬、ぐらいまでかなぁ」
「あー……考えたくねー」


唐突にしんみりした空気を振り払うように、自分で始めた話題のくせに、坂田君は頭をぶんぶんと振った。取り出したローファーに履き替えて校舎を出る。
気が付けばまた坂田くんは隣を歩いている。きっとイヤでも考えなきゃいけないんだよね、と呟いたところで彼の手のひらがぽんと私の頭の上に被さって、ぐしゃぐしゃと撫で付けた。調子に乗って私はうっかり口から零す。


「べつに放課後じゃなくても、いいでしょ」
「なにが?」
「……ええと」

歩道のアスファルトの照り返しがまぶしくて、目を細める。視線を移して隣の顔を見上げれば、彼はどこかを眺めていた目をふっと私に向けた。その眼差しが妙に優しげで、今さっき言い淀んで一瞬飲み込んだはずの言葉を、やっぱりつい口に出す。


「クレープ、卒業しても食べようよ」
「…それもそうか」
「その時は坂田君のおごりね」
「へいへい、覚えてたらな」
「忘れちゃだめ」


忘れちゃだめだよ。
念を押すように同じ言葉を頭に浮かべた。自分で言っておいてなぜだか胸が変な感じで、坂田くんがどんな顔をしてるのか見れなくて目を逸らす。数ヶ月、一年先の未来は、私達にはまだ全然わからない。子供だから。

いついつに、どこで。そんな確約が欲しいけど、言い出せなくて曖昧にぼかすしかない。歯痒いけど、意気地なしだから。
坂田くんはさっきから私の頭の上で動かしていた手を止めて腕を戻す。そのままにしててよ、とは言えないままこっそり唇を噛む。


「あっちいな」
「うん」


なんで今日図書館に誘ってくれたのかな。なんで、クレープ食べに行こうって言ってくれたのかな。ただの気まぐれかな。なんで、なんて期待半分で、その淡くてでも明確なそれをバッサリ容赦なく切られちゃったら、私はどうなっちゃうんだろう。恐ろしい想像をしながら隣の坂田くんを盗み見るけれど、彼は真っ直ぐ前の道を見据えていた。いつか聞いちゃおうかななんて思いながら、たぶんずっと聞けないんだ。


「お前が忘れねーなら」
「ん?」
「俺も覚えといてやる。だから忘れんじゃねーぞ」
「うっ、うん」


それきり私も坂田くんも黙って、また辺りの空気は静かになってしまった。忘れなかったら卒業しても会えるのかな。隣を歩き続けながら、とっくに離れたはずの熱をまだぼんやりと頭に感じる。じれったいくらいに、消えないまま。




/贅沢ないいわけ
song by パスピエ
15.05.02



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