今日っていう日は、周りの奴等が気持ち悪い位に優しくて俺は落ち着かなかった。やれケーキだやれ酒だ、どかどかとは言えないが豪華な品が、俺の為に出てくる。そんな待遇受けたことも無いんだから、くすぐったいというか、頬や頭を掻きむしる手が止まらなかったのだ。



「ちょっくら風浴びてくるわー」



控えめに部屋の方に声をあげてから玄関で靴を履いていると、後ろから新八がすたすたと廊下を駆けてきた。不思議そうな顔をしている。俺がそろっと抜けた事に気付かず揃って飲み食いしていたと思えば、すぐに俺の不在を察したというから流石というか何というか、新八らしいと思わざるを得ない。いや、別にちょっと嬉しいとかじゃないからね。




「銀さん、こんな時間に何処行くん……まさか」

「オイなんだよその目…」

眼鏡の内側からの視線が、確実に大人を見るそれじゃない。汚いものを見る眼差しだ。


「……」

「はあ、いかがわしい店に行くつもりとかねーから」

「本当ですか?」

「あーったく、ガキはさっさと風呂入って寝てなさい。俺には用事があんだから」

「まあ、そうですよね、幾ら銀さんでもこんな日に態々そんな所行きませんよね」

「うんはいはいそういう事だから、じゃあな」

「あ、いってらっしゃい」



幾ら俺でも、という言い方が少々気になるが、別段腹を立てる事も無い。俺大人だから、うん。しかも、また一歩三十路が近付いた訳でありめでたいかどうかは別としても、まあ、こんな日なのだからと。それに俺には用がある。急ぎではないが、向かわない訳にはいかないのだ。



騒がしかった室内とは一変して、がらがらと開いた扉の先は静か。思ったよりも寒くない。
指に引っ掛けたカギをくるくると回しながら順々に階段を降りていくと、次第に風が髪を揺らす。夕日は建物に隠れて見えない。体が涼しい。温暖化だなんだと大変みたいだが、やっぱりこれくらいが秋には丁度良いのだ。と呑気にしていたら。



「…げ」


そんな風に季節を感じているのも束の間、それは簡単に打ち砕かれる。原付の前に、見覚えのある影を見つけたからだ。傘を被ってじいっとそこに立っている。間違いない、ヅラだ。

げんなりとした気分に連れて自然に表情までげんなりとなった。全くいい加減勘弁してほしい。無視しよう、無視。こんな日にまで俺に面倒を掛けるなんて、ヅラっていう男は本当に色々と、色々と最悪だ。指名手配犯のくせに馬鹿にうろちょろしやがって。そんな馬鹿と縁が切れない俺自身にも、また悲しくなる。




「おい」

「…」

「無視をするな無視を、おい銀時」



構わずにそちらに向かう。筈だったのだが、やっぱりというか、つい反応してしまい、口から声が出てしまった。



「…」

「これに一緒に乗らせてくれ」

「ざっっけんな、俺は一人で行く」

「では俺はどうなる!お前が来るのをここで待っていたんだぞ!」

「んな事知るか!」



こうなりゃ仕方ないので強行突破で行く。言葉の後に原付に跨がるヅラを蹴飛ばして、無理矢理退けた。遠慮等はこちらがするものではない。即座に立って俺にしがみつくヤツの顔を肘で突いて、迷わずエンジンを掛ける。

きっと、これから向かわんとしている場所は同じなのだが、俺はこいつを乗せて行きたくない。なんか癪だから。したがって、名前を叫ばれようが、構う必要など無いのでさっさと原付を走らせる。セーフ。

しぶとく追い掛けてこようとしたようだが、モーターに人間の脚が敵うはずも有りはせず、曲がり角を越えてから姿はすぐに見えなくなった。まあ歩いてでもくんだろ、ヅラなら。そうだ。俺の原付という手段が消えたからといって、奴ならどうにかしてそこに着く。なので、いや、そうでなくとも、案じる事はしない。






万事屋から少し進んだ所にある通りの小さな花屋。そこで適当に見繕って花束を買う。店には見た目ほど可愛くない値段がずらりと並んでいた。もちろん、他の星から天人が持ってきたのであろうキツイ色と匂いの花は端から論外だ。花は国産に限る。他と比べて質素でも、昔からある綺麗な花を手に取って店を出た。財布が泣いている。

また懐が少し寂しくなるのは我慢して、近くのスーパーで団子を買った。あと水。俺もどうせなら何か食べたいのだが、それは野暮というものだし、今日ばかりは日中散々良い思いをしたのだから大人しく袋に入れたまま。もう、後はそのまま向かうだけだ。荷物をぶら下げて原付を走らせる。そして今日はまぐろの日らしい。知らなかった。







「……あ」


原付を飛ばしだんだんと都心から離れ、間隔が開いてきた信号にも運悪く引っ掛かる。あーあ。急ぐことはないが、どうせならスムーズに行きたいものだ。と仕方なしに赤信号をぼーっと見つめていると、理由はわからないが、ふと思い出した。人の脳というのは不思議なものである。




「…あいつみたらしが好きなんだっけか」



そう言えば。記憶を辿って口から出た追認の言葉が今更頭を占める。思い出すタイミングが、とてもじゃないが悪すぎる。



「うっわー…」

あーあ、間違えちったよ。草団子買っちまったよ。安かったし。…はあ。どうも忘れっぽくなるから、歳というのは怖いのである。今更かぶき町まで戻るのもアレだ。



溜め息をこぼしつつもスピードは緩めない。吹きつける風が早く早くと急かしているようだが、これで事故に遭ったりしたなら笑い事にもならないので、安全運転で行かせていただく。

割引シールが貼られた草団子のパックは、なんだかうっすら物悲しさを携えて、花束の隣で揺れている。失敗した。大人の脳は、鍛えなければ衰える一方らしい。来年は、ちゃんと覚えておかなければ。あいつに祟られかねない。


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