私はあいつと目が合った瞬間、はっと思い立った。そんな私の表情を見てか、訝しそうに眉を寄せて「何?」と尋ねる声をそれとなく受け流した。そうしよう、すぐにやろう、とその日の帰りがけに毛糸を買った。


理由もなく、得意でもなく、その時乗った気分のままに棒針を動かした。今度のはうまくできたはずだ。手のひら、甲と交互に撫ぜると、かすかに肌に引っかかる。私の手は随分乾燥しているみたいだ。壮図むなしく何かしら仕損なうこと数回、やっと他人の目にもおおかたまともに見える「マフラー」が完成した。何日もかかって仕上げただけあって、達成感で胸がいっぱいになる。体の空気を抜くように深く息を吐いた。そこで途中でチカチカと光っていたのを思い出して、目に入った携帯電話を手に取る。画面をつけると、不在着信が1件。タイミングが良いのか悪いのか、履歴に表示されているのはマフラーの届け先予定の伊武深司その人の名前だ。向こうの用件はわからない。ただ、少し頬が緩む。


「もしもし」
『もしもし』
「電話、さっき出れなくてごめん」
『いや、別にいいけど』
「今もう大丈夫だから。何かあった?」
『……』

淡々とした自分の声が、反響して聞こえてくる。かわいげのない声の調子に少しだけ気を付けようと心を決めて唾をのむ。喉も乾燥しているようで、喉の奥がチクッ、とした。


『アンタ、今から会えない?』
「え、いや、うん」
『……なに、無理なら無理ではっきりしてよね。こっちが可哀想みたいじゃないかよ』
「違う、違うから!」


いつものようについ口から零れそうになった、明日も学校じゃん、またすぐ会えるじゃん、とかいう言葉を飲み込んで、思わず電話越しに頷く。どんどん卑屈になりだす伊武の声を遮って、言ったれ、と一瞬で決意しながら、携帯電話を強く握り口を開いた。

「会えるよ」
『それならいいんだけど』
「……会いたいし」
『うわぁ』
「なに」
『……恥ずかしい奴』
「……あははー」


せっかく言ったのにこれだよ。そっちこそ会いたいから電話してきたんじゃないのかと内心ぐるぐる思いながらも、ぐっとこらえて笑ってごまかす。
今年も厳冬だ。どう考えても身を切るような寒さの中を行かなければいけないことは目に見えている。だったら明日になる前に、渡してしまったほうが良い。善は急げだ。そうそう、マフラーって大事だ。マフラーはいい防寒になる。うんうん。一人何度も頷いて腹を括る。明らかに戸惑っている様子の電話の向こうの相手は、今どんな顔をしているだろう。少しでもその顔が赤ければ良いな、そんなことを思う。私と同じように。


「渡したいものもあるし」
『え』
「うん」
『それ、楽しみにしてていいの?』

心なしか声が明るくなった伊武はなんとなくその意図がわかったらしく、へぇーと意味ありげに呟く。どうにも期待されている感じがむず痒くて、思わず口から予定外の言葉が漏れた。


「……いや、あのさ、マフラーって、どう?」
『はぁ?』
「マフラーって、いいよね、なんかさ、いいよね?」

惚けた声が耳に響く。呆れ顔が、容易に脳裏に浮かんでくる。早口で続けた私の台詞を無言で聞いていた伊武は、少しの間のあと、あのさぁ、と呆れたように、大きくため息をついた。

『……おい』
「は、はい」
『さすがにわかるんだけど。言いたいこと』
「……私さ、サプライズとかそういうの、するの苦手なんだよね」

なんか照れくさくて、恥ずかしくて、笑っちゃうの。言う代わりに咳払いを一つした。向こうで、微かに笑い声が聞こえる。その声は私が返す言葉もなく黙っている間にだんだんと大きくなり、その内にけらけら声を上げながらほんと馬鹿だ、とか何とか失礼な事を言っているのが嫌でも耳に届きだした。苦笑しながら言葉を待っていると、伊武がふうと息をつくのが聞こえた。


『ふっ、いや、……それ言ったらもうダメでしょ。ばれるとかばれないとかの話じゃない』
「はは、だってさぁ」
『でも、まあいいよ』
「ん?」
『俺、マフラー……嫌いではないし。別に好きってわけじゃないけどね』
「あ、よかった」
『まあね。……ありがと』


私は伊武の言うありがとうが大好きだ。特別好き。こういうとき伊武は少しだけ口元を緩めて私の頭をぽんと叩く。 それからいつも、私と無理矢理に目を合わせてくる。 かと思えばどこか違うところを見てブツブツ一人でなにか言っていたりする。なんだかよくそうする。癖だ。離れた相手の仕草まで想像している私を知ったら、伊武はすごい顔をしそう。

いつも、少し見上げた先にある伊武の顔は、案外よく表情を変える。優しげな顔をする伊武に気づいて、これが妙に気恥ずかしくて、もういいよと頭の上の手を退けてごまかすのが、私の癖。

「ふふ、どういたしまして」
『……ほんと、ニヤケ声といい……わかりやすすぎ』


最近あいつは私と目が合うと、じっと見つめて離さない。その内に耐え切れずこちらが目を逸らすと、アンタの負け、と勝手に勝敗を決めては私に何か奢るように言ってくる。いつも少し楽しそうに。
早く、今にでもその顔が見たいと思う。


/瞳と声
15.01.03



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