「ちょっと待っててー」
「わたし炭酸ね」
「はーい」


焼けた肌がひりひりと痛い。かさつくそこを撫でながら、遠くを眺めていたら、感傷的にだってなる。波が引いたり寄せたりする音がすると思えば、知らない鳥が鳴く声だって聞こえる。ここまで良いシチュエーションで何もラブロマンスが起こらなかったのが不思議なくらいだ。カレシとカノジョだったら、それなりにいい空気になるようなものなのかもしれない。ほとほと、情けなくすらなる。ここに連れてきてくれたただのトモダチである筈の男は、なけなしの場の雰囲気も何もかもぶちこわして、のんきに飲み物を買いに行った。のんきに注文をつけたのも私だけど。
沈みつつある夕陽に照らされて、海が橙色に光る。きらきらする。コーラか、サイダーが飲みたい。
砂を踏みながら、感触を味わうようにして軽く目を閉じた。





「ねえ」
「…えっ」

はっと目を開く。呆れたような声が斜め上からした。ついさっき自販機まで向かっていたはずのそいつは、いつの間にか私の隣に立っていた。思わず勢いよく視界に入れた横顔は、珍しくまじめで、いつもの情けない顔でも、ちょっとは画になった。


「まだ明るいんだもんなぁ」
「そう?」
「そう。もっと暗かったらさ」
「うん」
「俺だって、どうにかしたんだけど」
「…は?」


急に、ざざざ、と寄せては引く波の音がやけに大きく聴こえる。どこか遠くを見て思い詰めるようにしているザキは、思わずぎこちなくなった筈の私の表情には気付かない。


「は、だなんて酷いなぁ」
「…なんかの冗談?」
「そんなんじゃないよ」


なんだってんだ。私に対して何も行動を起こさなかったいくじなしは、今頃になって頬を橙に染めてこちらを向いた。手持ち無沙汰だった両手をとられて、さっと二本のペットボトルを握らされる。空いたそいつの手が、まだ伸びてくる。なんで二本とも持たせてんだよ、なんていつもの感じで思いながら、ただただ鼓動の高鳴りだけが異様だった。黙って眺めていたら、心臓が一際大きくどくりと脈打つ頃にはその骨ばった指は私の頬に触れていた。さっと撫でられた箇所がくすぐったくて、熱くて、少し痛い。
俯くと、山崎退、そいつの足はすぐそこにあって、案外近くに距離をつめられていたことに気がつく。


「あのさ」
「…なに」
「俺のこと、友達だと思ってる?」


ザキの声はおそろしく優しい。まるで声が溶けてるみたい。ねえあんた、まだ暗くないけど、どうにかするつもりなんじゃないの。病気かもしれない、それぐらい全身の血がぐるぐる体を巡って冷や汗さえ噴き出てくるのを感じながら、私は声が出せないまま、否定も肯定もできないまま足元の砂を睨む。尚も指をどけないそいつのせいで肌がぴりりと疼く。今までに無いような妙な痛みを感じながら、そういえばしっかり日焼けするのもこの夏で終わりなのだと、ふと思う。


「顔、上げて」


うわ、ラブロマンスっぽい。今にも溶けそうな声と、波の音とを鼓膜の奥の奥に焼き付けて、私は潮風の匂いを吸い込んだ。



13.03.28


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