今日が何の日なのか知らないで、町行く奴等は皆々様、呑気にしていらっしゃる。 おめでたさも見受けられない心持ちでいつもの席に座っている俺。 部屋には新八も神楽も、なぜか定春さえもいない。薄情なやつらだよほんとに。かわいそうだろ、なあ、俺かわいそうだろ。誰か祝え。祝ってほしい。祝ってください。この際なんでもいい。見たこともないような天人でもいいから、俺にお祝い金とかをくれないだろうか。もしくはお祝い金とか。あとはケーキが食べたい。それもとびきり甘くてしばらくは糖分要らないんじゃねえかってくらい、体に悪そうな手作りのやつ。生クリームがたくさん乗ってて、思わずまるごとかじりたくなるようなやつ。

「さっきから心の声が駄々漏れですよー」


おめでたいんだから、とは言え、目の前にしてこちらから直接口にするのは困難だ。おこがましい。おこがましいんだよなぁ。わかっちゃいても、どうしても叶えてほしいんだけど。自分ではやはり言えそうにもない。だからといって代わりに誰かに言ってもらうなんてのも、当たり前だが考えられない。珍しく控えめな考えが渦巻いて、頭も痛いうえ腹まで痛む気がしてきた。

「いい加減にしてください坂田さん、呼び出しておいて無視ですか」


きりきりという音が聞こえてくるような、ぐうぐうという音も聞こえてくるような。ああもううるせーな。悩み事と空腹とがごちゃ混ぜになって、もうどうしたらいいのかわからない。とどのつまり、めんどくさい。


「帰りますよ!いいんですね!」
「ああもうはいはいそれはどうも、って…………え?……なに?」
「おまえなんで此処にいんの?とでも言いたいんですか?」
「いやいや、うん……なんで?」
「こっちの台詞ですよ」


いつの間に居たんだろうか。不満げな顔を隠そうともしない彼女は、ずんずん近付いてきて散らかった机の上をどん、と叩く。取り立てか、取り立てなのか。なんだか一周回って無性に腹が立ってきたところで、まじまじと彼女の顔を見る。


「なんですか、なにかついてますか」
「いやぁ、別に」
「さっきからなんなんです…急に呼び出したり、人のことじっと見たり」


私何かしましたっけ?と首を傾げる姿が嫌いなわけがない。何もしてねえんだよ、だからしてほしいんだよ。祝ってください、そう言うのがいたく難しい。素直に物を言うのはいつぶりだろう。


「新八くんに言われたんですよ、銀さんが呼んでますよって」
「あいつ……」
「でもその様子じゃ、用は無かったみたいですね?」
「いやなぁ、それがよ、あーなんだ、あれだ」


じろりと訝るような眼差しを送られて少し怯む。どうしてこうも冷たい目ができるのか。仮にも年上だぞ。


「はい?」
「本日はお日柄も良く……えーと、あの、……おめでたいですね?そうだ、おめでたいよな?」


察しろよ、と心の中で無理難題を持ち掛けつつ、彼女がなにか気づいたような顔をした後にいよいよ踵を変えそうとしているのを止めるため、ぱっと勢いよく手を伸ばして無防備な手首を捕らえる。微かに脈動を感じて、なぜか心の臓が調子よく跳ねた。柄でもない。


「待てって」
「や、違いますよ、思い出したんです」


何を、という返事の代わりに反射的に手を放す。それを僅かに後悔している内に彼女が軽く駆けていって見えなくなったと思ったら、またすぐに戻ってきた。それよりちょっとだけ笑顔である。しかも手に白い箱を持っていた。あのサイズ、あの感じ。視界に捉えた途端にさっきよりも数割増しで、鼓動が高鳴る。


「そういえばこんなもの作ってきたっけ、って」
「かわいいとこあるじゃねえか」
「もちろん三人で作りましたけどね」


今は居ない従業員二人の顔がぽっと浮かぶ。なんだかんだ考えてたんだあいつら、と柄にもなく感心してしまった。しれっと言うこいつから、俺が望む言葉はいつ出てくるのだろう。いやまあ、望むっていうか、なんだ、言ってくれたら嬉しいっつうか。


「どうぞ、開けちゃってください」


ずいっと差し出してくる箱を受け取り、机に置く。もしかすると顔にも出ているかもしれない期待を胸に、そっと箱を開く。


「……何か言ったらどうですか」
「…………イタダキマス」
「召し上がれ」


そこにあったのは、紛れもなく俺が待ち望んでいた代物だった。フォークがどうした、スプーンがどうした。きれいな飾りがどうした。そんなもんはきっといらない。 よくあるチョコのプレートには、溢れんばかりの雑な字で、おたんじょうびおめでとうと書いてある。


「おめでとうございます」
「……」
「クリームは新八くん、チョコは神楽ちゃん」
「…うん」
「私はスポンジです。頑張って作ったんですからね、残すなんてありえませんからね!」



当たり前だ、そんな言葉の代わりに思い切りかぶり付く。こんなケーキが食べたいと思っていた。とびきり甘くてしばらくは糖分要らないんじゃねえかってくらい、体に悪そうな手作りのやつ。生クリームがたくさん乗ってて、思わずまるごとかじりたくなるようなやつ 。感極まって、うっかり涙をこぼす、なんてことはしない。でも、うっかりにやけるくらいなら、してやってもいいかもしれない。なによりこいつも、笑っているし。
別にもうなんでもいいから、うっかり楽しそうな彼女の手を引いて、うっかり抱き寄せてみたい。


「にやついてますね」
「そりゃあねぇ」




2012.10.10
ハッピーバースデー銀ちゃん!



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