久しぶりに、昔の夢を見た。気が付くと、汗がぐっしょりと背中を濡らしている。西日が当たり、少々暑苦しい。俺は当時の夢を見ると、今でもそれが現実なのか、一瞬わからなくなる。寝汗か、とほっと安心して上半身を起こす。俺の過去について、彼女はとりたてて詮索をしてこない。いつの間にかそれが当たり前の毎日になり、随分前にわかったのは俺は案外人が好きだという事だった。世話を焼くのも苦ではないし、世話を焼かれるのだって、くすぐったい気もするが嫌ではない。良い匂いが漂ってきて、思わず立ち上がるとそのまま台所へと足が向く。俺の気配を認めた彼女は一度こちらを振り返り、よく寝てたね、と笑ってまた背を向けた。確か、ここに帰ってきたのは昼を過ぎたころだった筈だ。俺はいったい何時間眠っていたのだろう。

「あ、もうすぐ出来るよ」
「今日の夕飯は……」
「さてなんでしょう、当ててみ」


堅物、生真面目、四角四面。散々言われたことは、いちいち思い返してみると、結構な数になる。生まれてから今まで、その呼び名が名誉にも不名誉にも考えず時に気にするわけではない。他人からはそう見えるらしい。そういえば、幾等か前に彼女と口論になった。ちゃきちゃき動いて料理を作るこの女は、俺をコチコチ人間といって馬鹿にした。腹が立っていたにも関わらず、その卑称の微妙な面白さが漂う響きに、俺は思いがけず復唱の後、ほくそえんでしまった。それで、パーになり、口論の方はおしまいになったのだ。何が言いたいのかというと、ただ俺たちは仲が良いというそれだけのことである。


「酢豚だろう」
「正解」
「ちょっと待て、まさかお前……」
「はー?」


ところが、否、勿論、意見も合わない時だってある。趣味も違えば、食い物の好みも違う。しょっぱい味のなかにあえて甘さを加える。というのは、理解し難い発想だがつまるところ、アクセントになって良いということなんだろうか。斬新であれば何でも宜しいとでも言うようだ。気に食わない。俺は常々そう思う。取り合わせの妙、二つ合わさり舌に馴染むようなもの、それこそ素晴らしいのではないか。サラダのレタスと玉葱に紛れる、ドレッシングの掛かった林檎。酢豚に悠然と佇むパイナップル。こいつらが大きな顔をしている訳がわからない。そいつらを当然のように料理にしようとしている、この女の考えもわからん。こちらが目をぱちくりさせている内に手際よく調理が進む。いけない、やめないか!やめるべきだ!


「聞いているのか!!」
「聞いてるけどぉ」
「聞いてくれ。酢豚は酢豚で良いだろう。黄色いそいつが我が物顔で居座っているのはおかしい」
「おいしいのにー」


仕方無さそうにして、彼女は野菜と一緒に炒めているパイナップルを菜箸で取り除く。酢豚になるべく用意されたなんて、彼女の手間を考えると申し訳ないこともないが、今は話が違う。知ったことか。小皿に集まった奴らは少し色が変わっていて、もう既に見目的には手遅れだった。こうして一ヶ所に集まっていると、ますます恨めしい。


「お前なんぞは缶詰で十分だ!この!」
「なんでパイナップルに喧嘩売ってんの」
「戒めてるんだ!ほれっ、よっ!」
「箸でいじくり回すのやめなさい桂さん」
「……」
「ほら。どいたどいた」


途中までは、気心が知れた、似た者同士だと思っていた。しかしこれだけは頂けない。まさか色んなところで好みが別れてしまうとは思わなかった。それでも、仲が良いのはなぜだろう。そんなことは今はどうでもよく、とにもかくにも傍らで愁いに沈んでいる俺を他所に、ますます彼女はてきぱきと働く。普段の怠けっぷりからは想像がし難く、いわゆるギャップということになるが、巷ではギャップもえというのが流行っているので俺は一人、それを狙ってのことなのではないかと疑いを持ち始めている。


「座ってていいよ」
「あ。ああ……」


優しい言葉をかけられると、ふいに後悔なんてモノが襲ってくる。意外に広い背中も、なんだか料理をしているときはやけに狭く見える。改めて距離をとって眺めると、わかることもあるものだ。文句ばかりの自分に気付いては、少し申し訳なくなった。たかだかパイナップルのひとつやふたつ、この女のためなら…


食うべきか。食うべきだろう。食わねば。



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