これの続きのようなものですが単品でも読めます


「まだかなぁ」

玄関口で二人はあともう二人の帰着を待っていた。きれいな紅葉だな、と呟く隣でなまえは退屈そうに、空いた片手で桂の真っすぐの結われた黒髪をとかしている。桃色の葉っぱがあったらかわいいのに、と愚痴っぽい声色で語りかけてくる様子を桂は相変わらず呑気だと思いつつ、頭はいじらせたままにしておいた。自分のに比べてちっこい手がするすると髪を通っていくのも、案外悪い気はしない。また、機嫌を損ねると厄介な事も既知であった。村塾の中でも桂は面倒見が良く、いつの間にかなまえの世話も焼いてやるようになっている。


「なあなまえ」
「なに?」
「今日何の日か、聞いてるか」
「しってる」
「あいつは自分のことなのに、忘れてるんだろうな」
「でも、銀時は楽しそうだった」
「そうか。そうだな」



まだかな、と彼女が独り言のように口を開くと、少年は遠くを眺め入りながら、道草でもくってるんだろう。もうすぐだ、と律儀に返事をした。大きな魚を釣って先生を驚かしてやろうと言ったのは銀時だったのだが、いつの間にか一番に張り切っていたのは高杉だった。

勝手に走り出した腕白な二人を咄嗟に追い掛けようとした桂は我に返って後ろを振り返った。唇を噛み締めているなまえが立っていたのだ。ごめんな、と言うにも言えず急いで彼女のもとに駆け寄って、手を繋いだ。そのままずっと待っている。二人の幼い体温が、手の平を伝って分かち合われた。秋風も、寒くはなかった。


「…まだ」
「だな」


それでも普段なら歯止めを掛ける役周りとなる桂がいないので、待ちぼうけの二人は心配していた。あいつらだけに任せて大丈夫なのか。川で、魚は釣れたのだろうか。喧嘩はしていないだろうか。怪我はしていないだろうか。迷子にはなっていないだろうか。特に周りから堅物と評される少年は、ぐるぐると考えては自身で肝を冷やしている。不安の種が芽生える度に、繋いだ方の手からは余計に手汗が滲む。べたべたして気持ち悪い、となまえが訴えるように隣を見上げても、当の桂は不安感に苛まれ耳に言葉は入らないようだった。いまだ手の平は強く繋がれている。不満げに彼女が頬を膨らますのも、勿論眼中にない。彼女の機嫌を損ねているのもつゆ知らず、ゆっくりと時間が過ぎた。




ところが元気が取り柄なだけあって、そんな心配もいらなかったらしい。鴉が鳴き出して夕暮れが山の方まで傾いた頃、ようやく少年達は勢いよく帰ってきた。驚く間もなく、大きな足音を立てて帰ってきた。桂はほっと息をついた。



「おーい釣れたぞー!」
「乱暴にするなよバカ!おい銀時おまえ!!」
「おかえりー!」
「なまえ!転ぶぞ!」


喧しいのが少し離れていただけで懐かしくなる。騒ぎながら走ってくる銀時と高杉を迎えに行くように手をすり抜けなまえも駆け出して、それを桂が追う。銀時の見せた久しぶりの心からの笑顔に釣られて、なまえが笑う。桂は呆れながらも走るのを止めず、高杉はむきになって更に足を速める。そのうちに四人が集まって、自然と立ち止まる。いつものような光景だった。銀時が片手に魚を掲げて、二人に誇らしげに見せつけた。


「大きいだろ!」
「大きいな…」
「すご…!…これ釣ったの」
「ったりめーだろ」
「どうして釣ってない高杉が威張るんだよ」
「うるさい!俺が呼んでくる!」
「お前らは少しくらい大人しくできないのか!!」
「おめーがいっちばんうるせえよ!ヅラ!」
「高杉…行っちゃった…」
「ヅラじゃない桂だ!銀時…貴様…」
「あ。そうだなまえ、鱗おもしれーぞ。触ってみろよ」
「やだ!やだってば、こっちくんな!」



いつしか皆がうるさかった。さっき唇を噛み締めていた少女は、目の前の少年達が笑顔に変えた。銀髪の彼がここに来た日、無表情で殻みたいな顔で、いつしかむすっとした顔になって、それから今では彼は悪戯っぽい顔になった。少しずつ変わって、子供達が成長していく様子をこれからも見続ける。男はそう思うと、自分は恵まれていると感じることができた。そうした間も、男は言われたまま家屋の中でずっと待っていたが、外の大声を聴いて思わず玄関から出る。今日、何の日なのかだなんて、魚に夢中ですっかり忘れているらしい。
それでも、それぞれが向いている方向は違えど、秋風に吹かれる四人の子供の顔が輝いていたのが、彼等の師にも見えていた。




SAKATA HAPPY BIRTHDAY!!
2011 1010



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