「おい」
「……」
「さっきから、何がそんなに気にくわないんだ」
「全部」
「どういう意味だ……」


 彼女と彼は数時間前から、こんな無意味であろうやり取りをずうっと繰り返している。それもこれも原因不明のなまえの不機嫌が発端である。何十回目であろうか、「…そのまんまの意味」と、なまえが不機嫌を丸出しにしていつもより幾らか低い声でまた呟いても、桂は「なんのことだ…」とさっぱり把握出来ていないらしく、何回も首を傾げている。「ばっかじゃねえの」そのやり取りを座り込み近くで聞いていた銀時は「いい加減飽きねェのオメーら」とだるそうに零しつつも、それを見ては自分の事などすっかり棚に上げ内心彼を嘲笑っていた。いつも俺らに説教するくせオンナゴコロの一つもわかんねーのかよ、と己はわかった気になっているのだった。

「なまえ、オメー腹減ってんだろ」そう言った途端に、何処から取り出したのだろうか、銀時へと石が飛んできた。避けながら思わず冷や汗と大きな声が飛び出る。「あっぶねえ!」普段なら投げ返してやるところだが、彼なりに考慮して小石で良かったと思うことにした。しかし矢張り、彼女は益々機嫌が悪くなったらしい。桂から銀時は戒めるような目で見つめられる。「あっれ、違うのかよ」今度こそなまえの、丸くて黒い瞳が恨めしそうにこちらを睨み付ける。銀時は漸くこれ以上は危険すぎる、と悟って何も言わない事にした。庭では、梅がちらちら柔らかな風に吹かれて散っていた。彼女はきっと今日が良い陽気であることには気づいていないだろう、と思った。


「…高杉」

小さな足跡が近づく。三人が黙っていたところに、廊下を歩いてやってきた高杉は、一瞬目を丸くさせた。すぐに元に戻って、ことに数秒で空気を察したのであろう高杉は、訴えかけるように掛けられた桂の言葉を鬱陶しそうな顔でもって受け止めた。面倒な所にわざわざやってくるとも思えない彼であり、見るにほんの偶然なのだろうと銀時は推測する。ざまあみろ、と心の中で彼に舌を出した銀時だったが、数秒の後、その彼がなまえに近づくのは予想外だった。その様子を驚きながら、胡座をかいたまま見つめる。

「ちょっと来い」
「…え…う、うん」


高杉がなまえの手を引いて、庭へと降りた。裸足のままぐいぐいと歩いていく高杉の背中を見ながら、なまえは不審がる。今までこんな風に近くに寄ったことは無かった。思っていたよりも高杉の髪が細くさらさらであることをなまえが知った時とほぼ同じくして、高杉は庭の花が散る梅の木まで来てその足を止めた。


「ん?」
「何しようとしてんだ?」
「俺にもさっぱりわからないが、任せるしかないか」

彼等の後ろでも、二人の少年が不思議がって彼等を見つめる。今、高杉の意図は彼本人にしか分からない。二人には、聞き耳を立てつつ事の成り行きを見守ることしか出来ないのであった。腕を組む桂はそれから目を細める。彼は、高杉には考えがあるのか不安でもあった。

「あいつ等って仲良かったっけ?」
「さあ…」





 どうしよう。隣の高杉は無言で梅を見つめる始末で、なまえは困惑していた。花びらが額に乗る。其れを指で摘まみほんの僅かに顔を綻ばせた彼女だったが、しかし未だ彼女の怒りは幼いながらに、というよりは幼さが為す仕業だろうが、確かに残っていたらしい。次第に眉間に皺が寄り困惑は姿を変えて、機嫌も格段に悪くなっていく。高杉の視線は梅に注がれたままだ。その事も、また彼女が苛立ちを増幅させる要因になるらしかった。

「…なんのつもり」
「お前」
「…なに?」
「先生に恩があるんだろ、少しは考えられないのかよ」
「…先生は関係ないよ」
「馬鹿だ」 
「は?」


突然の暴言に、なまえは訳が分からないのと怒りが膨らむのとで、機嫌の悪いのを惜し気もなく一文字に込めた。俯いていた姿勢から、彼女が高杉に視線をまっすぐぶつけたところで、彼も彼女に目を向ける。「馬鹿だっつってんだ」しばし睨み合う二人を、廊下の二人は息を呑んで見守る。


「先生を呼ぼうか」
「いや…少し待て」

今に仲裁に飛び出す準備は出来ていた。しかし眉を吊り上げて怒っているような、馬鹿にしているような表情の高杉はなまえが反抗して口を開こうとする前に、さっと言った。

「お前がいつまでもそんな風だったら、先生が心配するだろ」


半開きの彼女の口がゆっくりと閉じていく。鼻からの呼吸で、よい香りにやっと気づいた。呆気にとられたなまえはそのまま、また俯く。師である男を崇拝して敬愛して止むことの無い高杉を、なまえは知っている。言葉が少ない、足りないのは相変わらずだった。風が、俯く彼女の前髪を浮かせた。照れ屋め、といち早く真意を悟った桂は庭に背を向けて、それから廊下を歩みだす。銀時も慌てて立ち上がり、その後を追いかけて小さく尋ねる。

「なあヅラ、今のって」
「ヅラじゃない、桂だ」
「あああめんどくせえなテメーは本当に!」
「何を言うか!」

煩い背後の声が、遠くなっていく。舌打ちを一つ残し、高杉は踵を返して進む。足の砂を払い、廊下に上がって彼女の方には一瞥もくれない彼の頭に、薄く色づいた一片の花びらが乗っていた。


かの梅は、鶯の通ふたよりなるべし
11.03.20


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -