「やっぱり葬式はしてほしいかもしれませんね」
「…俺は、」
「いやいやわかってるし良いんですよ、化けて出てやりますから…」
「…勘弁してくれ」
「いいや冗談ですって」
「……」


言葉につっかえる貴方はもっと厳しくていい筈なのに、とても。それを試したのは私なのにそう思った。死んだら、幽霊になって土方さんを驚かしてやろうか。未練がましい私だから、きっと成仏できない。簡単にその様が想像できて笑いが込み上げるのを、噛み殺して目を細めた。死んでからもやることがあるなんて素敵じゃないか。そこまで考えて、なんて阿呆らしいんだろうと失笑した。


「じゃあ、私が死んだら泣きますか?」
「…泣かねえな」


これだって優しさだろう。頷く。何を確かめたのかもわからないままに思わず何度も首を縦に振る。そもそも私はもう諦めなんてとうに着いているのに、冗長としか言えない会話をどうして引き伸ばしているんだろう。喉に張り付く小さな刺を飲み込んだ。


「じゃあ私も泣きません」


目の前がぼやけてきたらしく視界がはっきりしない。やっぱりそんなものか、私だって只のつまらぬ女で、自分の非や悪事を認めたようにおいおい泣き、知らずに、もしくは故意に相手を悪者にするような奴だ。
最期くらい強がれたらよかった。涙、そんなもの、水分の無駄なのだから。悲しんで憐れに逝くより、潔く天に召された方が遥かに良案だろう。私が天国になど行けるかは別として、だけれど。


「えーっと」
「……」
「私、汗くさいみんなは好きだった、けど、汗くさい勝負は嫌いなんですよね、実は」
「……」


いまさら戦う気なんて無い、なんてそのまま零したら怒られそうだ。でなくとも頭の良い土方さんには私の粗末な考えなど、きっとたやすく見破れてしまっているのだ。なにをしたって結果は同じ。至極平穏な今日が、地球が昨日と同じに回る今日が、 誰かが産声をあげた今日が、私の最期の日になる。




「…決めた私、生まれ変わったら土方さんのお嫁さんになります」
「……」
「そしたら私が死んだ時、泣いてくれます?」
「馬鹿か、二度もやすやすと死なせるかよ」
「そっか、そうだ」


土方さんにしては空想じみた事を言ってくれた。彼にとったら作り話の一ページのような大層現実離れしたものだと思うが。ごっこ遊びでも演劇でもない代わりに、きちんと心がある。所詮中身は覗けないけれど、土方さんは、これをいつものたちの悪い冗談だと思ったのか、はたまた真っ直ぐ受け止めたのか。尋ねてみる気は起きなかった、これ以上無いくらいに良い思い出が出来たのだ。もう死ぬんだから悪いことはいっそ全部わすれてしまおうか。できたら抱きしめてくれるのだろうか。無いことにはなるのだろうか。真っ当に生きて逝けたのだろうか。判断材料は一つとして此処にはなかった。


血塗れた私には、ここにきてからの今までの普通がとてつもなく眩しく思えた。理屈があるのか。違いなんて、世の中が結論付けた正義か悪か、それだけなのに。同じ事をしていたのに、感じ方は違った。人を殺すということに変わりは無かったはずなのに。



「何を勘違いして、んな情けねぇツラしてんだか知らねーが」


彼に言われる程ひどい顔をしていたのか。再び自分の手を袖の下できつく握りしめた。もう私は存在出来なくなる。私という一個人が消えても、奴にとってみれば兌換性に優れた手駒が一つ減っただけで、真選組にとっては裏切り者がいなくなるだけ。ましてや世界が止まる訳でもない。目の前の彼に私の死が少しでも影響すればいいと願わずに居られないのは、やはりいけないことだ。

「……」
「俺は、いや、あいつらも」
「……」
「お前を」


ハッと息を呑む。目を見開いて動く口元を追い掛けた。彼らしくない優しい台詞が今にも耳を包むのだと、私は気付いた。駄目だ。


そう思ったが最後、咄嗟に刀を引き抜いた。なにもかも、鈍い銀色が戒める。今までもそうやって来た。口角はちいっとも上がらないのに、なんだか頭の中では滑稽な自分を笑っていた。ただ、裏切り者でも、それはそれなりに彼に息の音を止めて貰えたらよいのにと自惚れただけだった。視界はすこぶる悪かった。間抜けだ、なんで今更泣くのだろう。目が痛む。言い聞かせるようになるのが、酷くもどかしい。続きを聞いたら恐らく私の決心が波を立てて揺らいでしまうのだ。いくら心に決めようと、彼のひとことで、どうにでも変われてしまう気がする。今更遅いのに、後悔が積み重なる。こわい、怖い。と叫ぶ身体の訴えを必死で堪えた。これではいけない、私は短い間だったが、確かにひとりの真選組隊士だったのだ。裏切り者には死を。そんなのだいたい、どこだって当たり前のことだ。

今聞けないのならばどうしようか。そうだ、私は幽霊となると決めたでは無いか。この人がどうにも信じていない、幽霊という存在に。冗談めかして言っても貴方は追い掛けてはくれない。当たり前で正しい。尊い人。どうか話の続きは、こんな時分ではなく、日が差し込む縁側で、お茶を飲みながら笑いながら、愚痴の合間にでも聞きたい。

「今まで、ありがとうございました」

生涯を終える今になって、叶えたいことが幾つも増えてしまった。嗚呼、土方さんは待つのは嫌いですか、それとも、私が嫌いですか。



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