「はい、私が噂の裏切り者です」

怪訝そうな表情が、今度は威圧的なものに変わった気がした。そこに驚きも含まれていたような。言ってしまった。ついに言った私。今日は非番で、しかも土方さんの部屋にいるのだ。ずずっと茶を啜る鬼の副長の背中に向かって、せんべいをぼりぼりしながら言った私はきっと勇者だ。そんなタイミング。そうでもしなきゃ口に出せそうに無かった。あえてだと言いたい。土方さんといえば、瞳孔開きながら目が点になっている。


「…どういうことだ」



疑わしげに土方さんは私を見つめる。ぴたりと目を合わせた。何故だか今は怖くもなんともない。むしろちゃんと私の話を聞いてくれた事がうれしかったのだなあ、と自分の事なのに不思議と客観視する私がいた。悟られぬような声色とか、ごまかすような無表情とか、出来ているだろうか。


「あー自首?みたいな」
「みたいなじゃねェ」
「…うん、はい」
「…マジでか」
「残念なことにマジです」


本当に私は残念に思っているのだろうか。すらすら出る言葉は私のものの様で違う。一致しないのはしようがない。立ち上がって後退る。廊下は僅かにひんやりとしていた。その間も何か言おうとする自分に、嫌気がさす。感情と行動言動が伴わない。口が勝手に動く、とはこういうことかと思い知る。煩い騒がしい屯所が纏う色を変えていた。本来はこういう場所の筈だのに違和感を少しばかり感じる私がおかしかった。



「…」
「…嘘じゃ、なさそうだな」
「だからそう言ってんじゃないですか。本来私は此処に居てはいけないんです」
「…高杉か」



ぎらりと眼が光る。探るようで決め付けている。まなざし。ふいにどくりと心臓が跳ね上がる。距離を取っておいて良かったらしい。畏怖などしていなかった寸刻前の私はどうかしていた。きっと、それは達成感や満足感や偽善から成る恍惚であったのだ。麻痺、これが正しい。今まで私はこんな人を相手にしていた。ぴりぴりと。逃げ出したくなるような。しかし、承知で私は自首したつもりだ。どうせ最期なのだから、というのでもあるのかもしれない。あくまでも自分の事なのにこうも曖昧。掌をきつく握れば、しばらく整える余裕の無かった爪が食い込んだ。



「なんでも良いでしょう、私は、そうですね、」


いや、まあと止めて私は首を横に振る。言いたい内容が至極中途半端で形になりそうでならない。どちらにしろ私にメリットは。口を割る気はない。都合のよい死に顔を望む。それは卑怯者、弱虫、なんとだって言える。部屋の中で私を見据えて立つ土方さんの腕。刀に手を添えている。当たり前、いや、やはり、さすが。陳腐な、ありふれているそんな言葉が頭の片隅を占めた。



「死に際ってどんなんな表情なんでしょうか」
「…どうせ不細工だろう」
「まぁ、ですよね」
「……」



私はひとつ知識を得た。人は死ぬ間際になるとよく喋るようになるらしい、と。何の役に立つだろう。要らぬ会話だ、と彼も眉をしかめたのでは無かろうか。この場においては返してくれたその簡単な言の葉すら貴重なのだ。自らの身を持って知ることになるとは思いもしなかったけれど。口が回る。奇妙だ。こんなに息継ぎをしないで喋ったのは初めてだ。生きる時間を自らで縮めようとしたくせ、呼吸する僅かな間すら惜しいとする私がわからない。乾いた笑みがぱさぱさと零れる。きっと己に対しての嘲笑の類なのだと、どこか遠くから他人事のように思った。私は、土方さんが好きだった。


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