いつからいるのだろう。三味線を片手に、舳先の少し手前に座っている。私だって、危ないですよとは言うはずもなく、只、京で買い付けた羽織を持って黙って近寄る。手触りは最高、値も張った。彼は何かうまいこと画策しているのだろうか。そろそろ今年も終わるという頃、大きな祭りでも起こそうというのだろうか。


「羽織、お持ちしました」
「……てめえか」


寸秒で私を確認して、また顔を背ける。羽織を手放した途端に冷たくなった指先に何度も息を吹き掛けて、刺すような空気に対抗する。冬の気候は暖をとる術があってこそ乙というものだろう。風邪ひきの高杉さんなんて想像できないけれど妙に心配になった。あたりにべん、べんと途切れ途切れに三味線の音が響く。


「いつまで居る気だ」


見慣れた女物の着物は、この季節に似つかわしくない。寒々しい背中からは寒がっている様子が見られないが、いつまでもこんな所にいる高杉さんのために羽織を持ってきて、(面倒見の良いことに)わざわざ肩に掛けてやった途端にこれだ。我らが提督とはいえど、性格は少々見習えない部分も多い。呆れて帰ろうとすると、また一度大きくぽろんと響く。「てめぇなんぞ、いてもいなくても変わりゃしないさ」という言葉の後に、何だか知らないが曲を弾き始めた。足を止めて片耳で聴きながら、曇った夜空を見上げる。何とはなしに自分の耳に触れるとひどく冷え切っていて、それでいて小さく思えた。

凍えるような頭の中で「私がいなかったら、誰があなたに羽織を駈けるんですか」「来島」というやり取りを想像して、自分の考えていたことに笑った。そうやって言うような人じゃない。もっと粋な言い方をしてくれるに違いない。
それにしても、京への道は長く思える。そわそわしていらいらしている私の思いとは裏腹に、もちろん彼は焦らない。


「……はい」


風に揺れる紫がかった髪の毛は、何故か目に焼き付く。いつか前にも魅せられたことがあるような気がした。幹部ならまだしも、一隊士である自分の事まで容易く察してしまうなんて、矢張り提督はすごい人だ。そのすごい男を尊敬している輩が集まる此処で、彼に迷惑をかける訳にはいかない。そんな事を考えながら、その丁度反対側の頭では全く別のことを浮かべている。最初に見ていた夢や掲げていた志の欠片は、律儀にまだ持っている。




「……はぁ」
「終ぇだ」


いつの間にか小唄は終わっていた。私にうまく三味線は弾けない。私にはないものばかりを持っている彼に、敬意以外の何かを抱いていたとしたら。一旦自分の醜さに気が付くと、何をするのにもひとつ留まる時間を作るようになった。美しいものを見ていると、感じていると、そういうことだってある。今回も同じように言葉に詰まって高杉さんの遠い背中を眺めていたら、風の冷たさが身に染みた。


「おい」
「はい」
「早く戻れ」
「……はい」
「この羽織はてめえにやる」
「え……」


なんともなさげに彼は少しだけ口の端を持ち上げる。さっと濃紫の綺麗なそれがこちらに投げられる。なんとか取りこぼさずに済み、ほっとしてから思い出したように高杉さんにお礼を言う。その意味が私なりにもわかった気がして、もう戻って寝ることにした。明日の朝も早い。それに明日もきっと夜遅く、彼は気まぐれに三味線を弾く。また、羽織を掛けなくちゃ。


11.12.26



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -