夜ご飯は昨日の残り物だったが、おいしかった。最近料理が上達してきたな、と思う。味付けのバランスというか、感覚が身に付いてきた。二日目のカレーはおいしいと聞くが二日目の煮物だってすんごくうまいことに気が付いた。少々腹に詰め込みすぎた気もする。けれども、風は心地よくて、気持ちが落ち着く。へんに頭が固いと言われていた私も、最近は楽観的になったようなんだ。

この街をマンションのベランダから眺めるというのも、なんだか良い。生憎と星はネオンに負けてはいるが、それもこの街らしさというべきか、愛すべきものに思える。ついつい美化して見てしまう癖はいつの間に染みついたのだろうか。涼風に当てられて、ちょうどよい眠気がやってきたのを感じた。






 本日は特別な一日だった。私の中できっと一生、あたかも其れは必然的であるかのように、大切に覚えているであろう日だ。それにも関わらず、結局、ムカつく黒尽くめしか私に会いにこなかった。誰より祝ってもらいたい相手は、今何をしているのだろう。思いながら欠伸を噛み殺す。まだ希望は捨てていない。彼の仕事が定時に始まり定時に終わる仕事じゃないことも、先刻承知である。ともすれば、忘れているかもしれない。仕方がないなと諦めつつ、少しは悲しんだりもした。

ムカつく黒尽くめは愉快そうに「また一歩おばさんになったね。いやあ、おめでたい」とかふざけた事を言っていた。けれど、おまえも同じスピードでおじさんになるだろと、言ってやるのを忘れていた。相変わらず進歩のないことばかりする男なので会社帰りの私の疲れた様子など気にせずそんな風に言えるらしい。本当に憎たらしくてむかむかするが、もう考えたくない。奴の思惑通りな気がして気に食わないのだ。




 風に髪が揺られて、まるでシャンプーのシーエムみたいだ。なんて、逃げるようにアホみたいにぼうっと考えていたら、パジャマのポッケの中の携帯がぶるぶると着信を告げた。こんな夜中に誰だ、と。もしや、と。期待を込めながら携帯電話を開くとディスプレイには「折原臨也」の四文字があって、口角がみるみる内に下がるのがわかる。またお前か。情け深さは此処で暮らしていくうちに身に付いていたはずだが、忌ま忌ましい表情を思い出し、耐え兼ねて勢いと苛立ちとを一緒に電源ボタンを押した。

「…ざまあみろ」

やけにすっきりしたついでに着信拒否してやろうかと考えたが、流石にそこまでやると後々面倒になるのでなんとか思い止まる。どこまでも、厄介だ。私が本当に考えたいのは、あんたのことなんかじゃないのに。


「…ふう」

ため息が出る。疲れたしそろそろ寝床に入ろうか、と柵にもたれ掛かっていた腕をどけた。少し体も冷えて、頭も冷えた。すると、再び携帯電話は手の中で震え出す。懲りない奴、怒りに震えながら開けっ放しの画面を見ると、思いがけず「折原臨也」の文字は無く、待ち望んだはずの「平和島静雄」。その一人からの着信だった。実に良い展開かもしれないが、それが素直に喜べないのは、タイミングが悪いからである。なんだって、あの男に先を越されないでほしかったよと。通話ボタンを押す指に、力が入る。



「もしもし」
『俺』
「静雄は挨拶を覚えろ。こんばんは」
『…ッス』
「あまのじゃくか」
『………あのよ』
「なによ」


 いつもの調子で話が始まる。でもわかるのは、私の機嫌を探る弱弱しい声。優しいから、気にしているんだなと思う。端から女心とかの類に疎い人であるので、怒るのもかわいそうかもしれない。込み入る電波の向こうの、静雄の普段より幾分か情けない顔が浮かぶ。なんだかごめんね。



『お前の誕生日、忘れてた。今気付いた。ごめん』
「んーイヤ、なんとなくわかってたからさ。気にしないで」
『…』
「おいどした」
『お前、いつの間にそんな大人しい女になったんだ?』
「失礼でしょ」
『…欲しいものとか、言ってくれねえと』


 電話をしながら、町並みを見据える。さんざん欲しいものを考えたが、いまいち本当に欲しい何か、が見つからない。強いて言うなら、早いとこあのヘンタイに強烈に痛い目にあわせてやってほしいが、そんなことは言われずとも日々尽力しているだろう。彼の申し訳なさそうな声が、途切れたのもそれはそれで気まずい。そんな風にしてほしいわけじゃない。


 それから、暫くの沈黙の後だった。見詰めた先の何をきっかけにしたかは、自身でもよく解らないが、私の頭に、不意にはっと名案が思い付いた。


「決めた」
『…おう』
「来年までのワガママ」
『は』
「来年の私のバースデーまで、ワガママを聞いてくれたらチャラにしてあげよう。フフッ」
『…やっぱり変わってねえな、お前』


呆れ声の静雄に「それは褒め言葉ですかね」と聞くと、楽しそうに微かに笑う声が聞こえた。私は、それが嬉しいんだよ。今日も、一日が終わる。再び出そうになった欠伸を今度はそのままにした。


「ありがとう」
『礼なんていらねえ。…さっきまで忘れてたしよ、俺』
「でも、電話嬉しかったよ。静雄にしては気が利いてたし」
『…一言余計だ』


 少し照れ臭そうなのがわかった。見上げた星がさっきより綺麗に見えるのは、ご愛嬌である。つまるところ、私という人間は、単純だ。自分でもわかるほどに簡単なやつだ。しかし私は知っている。それは、幸せになるために、とても良いことなのだ。


11.07.06


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