さっきから、彼は最初から分かっていたような口ぶりで相槌を打つ。なんだろう。それがどうも気に食わなくて眉根が寄るのが自分でもわかるけれど、声しか届かない電話では相手には伝わらない。その筈なのに、それだってお見通しですともいいたげに『相変わらずっスね』と笑うから、調子が狂ってなんだか困る。私の知ってる赤也は、もっともっと能天気だった気がする。これは何年か前までの記憶で、今は違うのかもしれないが、短絡的に言えばバカだったはずだ。大人になったんだなと思いたくなかった。

ワカメのくせに、という憎まれ口は言わずにとどめる。それでも、少し離れただけでなんだか昔との違和を感じた。たった数ヶ月の話、その間会わなかっただけなのに。ここぞとばかりに微妙な変化を勘繰ってしまっただけの話、そういうもんなのかもしれない。おかしいな。さみしがりなんて自分らしくない。ワカメだって、成長するのは当たり前だ。そんなことは、私だって知ってる。



『最初はそんなもんスよ。たぶん、慣れるまで』
「赤也に言われるなんて思いもしなかったけどね」
『先輩が電話してきたんでしょうが』
「寂しいんだよ」
『え』
「な、なに?」
『なんか…変わりました?先輩のキャラっていうか』
「はあ?」



思わず間抜けに聞き返す。変えたつもりも変わったつもりも無いのに、ちょっと不思議そうに赤也が聞いてくるものだから少し返答に悩む。やっと「それを言うなら赤也の方だよ」と言えば、同じようなもしくはそれ以上に間抜けな一文字が帰ってきた。あ、バカっぽい。これ懐かしいな。少しだけ嬉しくなって笑ったら、「今度は何なんスか」とやかましくわめき立てる。

このやかましさに、今まで浸っていたのだと思うとなんだか可笑しい。そういえば前は化粧が下手だったよな、と唐突に思い返して椅子から立ち上がって鏡の前に行き、慣れたその顔に一人で歳を感じる。たった数年間でこうも変化するとは、月日は恐ろしい。


『うーん、なんつうか』
「ん」
『先輩、丸くなったかもっスね』
「遠まわしに体型のこととか言いたいなら殴るよ。わざわざ会いに行ってあげる」
『違う違う!なーんだ、相変わらずじゃないスか!』
「うるせーなー赤也は」
『先輩が乱暴なんですよ…』


だいたいいきなり電話来るから何があったのかと…とかなんとか、小さくぐちぐち言っているのが微かに聞こえる。こっちから電話を掛けるのは久しぶりだったし、何よりメールだってあんまりしていなかった。連絡なんて怠れば、それだけで疎遠になろうと思わなくたってなれてしまうもんらしい。当の赤也の顔だって、私の頭には、まだ今より幾分か幼いであろうあの時のままの記憶しかない。もしゃもしゃのくせっ毛は、変わっていないのだろうか。まあ変わってないだろうけど。


「そうだね」
『適当なのも相変わらずっスね』
「んだと」

あまりにも煩いので、そういえば迷惑だったかもしれないな、と今更振り返って「ごめん」と一言呟くと今度こそ『おしとやか目指してるんスか』と馬鹿なことをのたまった。このやろう、と私はまたしかめっ面になる。電話を掛ける前の、此処から逃げ出したいような、昔に戻りたいような気持ち。それらはそりゃあ簡単に消えはしないが、いつの間にか追いやられた気がする。


「じゃあ、ありがとうございました」

わざと敬語で、文句を言う隙が無いように早口で言う。それからブチッと勢いに任せて電源ボタンを押すとなんだか気分が良かった。明日の私もこれくらい元気だといいな、と思いながらポケットに携帯をしまい込む。それからまた洗面台に向かって顔にこびりついた化粧を念入りに落とした。やけにすっきりとした気分で、鏡の中の自分と目を合わせる。

化粧水をぱしゃぱしゃしていると、ポケットの携帯がブーブー震える。ひと通り終えてから取り出して画面を付けると、赤也からメッセージが届いていた。『そんなに暇なら今度メシおごってください』。暇じゃねーよ、とか思いつつ、頬が緩んでいくのを感じた。失礼な赤也のおかげで心も体も軽くなった気もするけれど、やっぱり気に食わないので意地でも認めたくない。化粧はしていないから泣いても大丈夫。大丈夫。小さく復唱しながら、確かめるように強く頷いた。
私には泣ける元気はある。だからきっと大丈夫。そのかわり、あの頃に戻りたいとか昔の方が良かったとか、そんな言葉は言わないことにする。新しい場所でも、私は私のままだ。



すっぴん
11.04.09



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