※学パロ

席替えの時、新しいであろう環境に期待をしていたのは事実なので、机を動かし終わったときに彼が隣で机にうつぶせている姿を見た時は少し、いやかなり帰りたくなった。銀髪が視界の端にチラチラ入るのに最初は落ち着かなかったし、実をいうと今も全然落ち着かない。私は坂田君をよく知らない。それでもって、なんだか苦手だ。嫌いとまでは言わなくとも、苦手だ。ほお杖をついて、なんとなく眺めていたら、彼が少し身じろぎしたので私は慌てて前に向き直る。



話した事も、まともに目を合わせた事も無い私が、まともに彼を知らないのは当たり前だ。それだのに苦手だと思う理由は、「女の子をとっかえひっかえしてる」だとか、「カワイイ子にしか興味ない」とか、恋愛話の良くないウワサを耳にするからだ。ふしだら。話にひがみが混じっているというのは、ウワサは陰口にも似ているから仕方ないのかもしれない。私からしてみれば直接見たことも聞いたことも無い次元の話なので、イマイチはっきりと想像が出来ない。たぶん、想像できる子がウワサを振り撒いているのだ。だから少し、私が坂田君を「苦手」というのは感覚でしかない。友達から話を聞いて勝手に顔をしかめて、勝手に避けた。でも私は今までそうやって生きてきてしまった。どうしようもないけれど、それと、彼はそういうのがキライだろうな、とも思う。




気苦労の割に一日目はあっけなく過ぎた。これからどうしよう。そんなこと言ったって、どうにかしたい訳じゃないしどうにかなる気もしない。ちょっと毎日が以前より窮屈になっただけ。考えていたら、特に何事も無いまま一週間もあっという間に過ぎた。二週目の初日の今日、朝は普段通りだった。いつものように友達と「おはよう」と挨拶を交わして、いつものようにホームルーム。それなのに、授業中にも普段は寝ている坂田君が、今日はボーッとしながらもなんだか起きていることが多い。今も、また起きてる。から、無駄に緊張している。なんで起きてるんだ、いつものように寝ててよ。私の平穏だった時間は、彼が起きているという事によって簡単に覆された。まっすぐ前を向いて黒板を見つめて、できるだけぎらりと光る彼の横顔を見なくていいようにする。欠伸ひとつにも意識が行く。力が篭ってノートを走るシャープペンシルの針が何度も折れるが、それどころじゃない。

「消しゴム」


坂田君が低く呟いた。ほんの小さな声だったにも関わらず、いきなりなので肩が揺れてしまう。私は身を縮める。またシャープペンシルの針が折れた。恐る恐る横目で隣を伺えば、思いも寄らず私の方に顔を向けていたので、目が丸くなる。再び私の心臓は嫌に鳴り出す。眠そうなのに目つきが尖っている気がした。坂田君は黙っている。

とりあえず前を向こうと思って一度視線を机上のノートに移した時、「貸して」と静かに言う声が聞こえた。授業がつづく教室の中で彼の声だけが頭に響く。私じゃない、と思いまたゆっくり視線だけずらして彼を見ると、かちりと目が合った。またひとつ心臓が悪くなりそうだ。寿命も縮んだ。

「…わ、私?」
「ん」


私が必死に出した声はただ小さい。その目が鋭くて急かすようで、性懲りもなくやっぱり何処か苦手だと思った。はやくはやくと思っても体はなかなかうまく言うことを聞かない。僅かに震える腕で筆箱から急いで取り出した消しゴムを、手の平に乗せて隣に伸ばす。

「…ど、ぞ」
「どーも」


切れ長に見えた目が少しだけ緩むのを見て、やっと息をついて安心して彼の机に置く。それなのに、その時机の上からさっと坂田君の手が伸びてきて、消しゴムではなく私の手を掴んだ。一瞬のことだ。冷たさやら驚きやら恐怖やらで肩が揺れる。驚いたまま声が出なくて体も固まったみたいに、息が詰まる。重なった手を見つめたまま、時間か止まったかのように、その間はとてつもなく長く思われた。
なんで。こんな事態を想定できるはずもなかった自分の、益々速くなる心臓の音だけがよく聞こえる。冷や汗が滲む。次に彼が何を言うのか、何をしでかすのか全くわからない。わからないから、目が離せない。

「悪いな」


訳もわからず彼を見つめたままでいたら、次第に坂田君の目は優しげに緩んだ。「ありがとな」いつも眠そうで恐くて冷たくて女の子をとっかえひっかえしててカワイイ子にしか興味ない筈の彼がこんな顔をするなんて、私は今まで知らなかった。力が篭ってノートを走るシャープペンシルの針が何度も折れるが、それどころじゃない。


睡眠愛好

企画 胎内に提出
有り難うございました。
11.03.26


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