「おはなのかんむりー」
楽しそうに花をいじる少女が少し離れた所にいる。これがほほえましい情景というものだろう、一句作れそうだと思いながら眺めていた。するとそんな神聖な空間に、「あららおじさんも作りたいな!」とかなんとか、汚い声が混じり込んでくる。芭蕉さんがうきゃうきゃ馬鹿みたいに近付こうとしたところで、僕は力の限り、芭蕉さんの脛を蹴り飛ばした。良い具合に吹っ飛んでから顔面で着地し、何か呻いて、彼は少し離れた地面にうつぶせている。
弱かったか。死にはしないだろう。勿論、花に夢中になっている子供からは見えていないし、聞こえてもいない。
「そっ曽良くんんんん!!ひどい!ひどいじゃないか!!」
「なんのことですか」
「なんのこと!?脛が!脛!」
相変わらず復活が異様に早い。元気良く、大声を出して近寄ってきては騒ぐのでとてもうんざりする。僕は不憫だ。それから、うるさいおっさんの声に気づいてしまったのだろう、少女が、花輪片手に心配そうな顔をしてこちらに駆けてきた。しかし、それにしたって見当たらない。親はどうしたのだろう。そんなことを思ってみていると、あろうことか少女は膝をついて芭蕉さんに声を掛ける。
「おじさんだいじょぶ?」
「ああ有り難うお嬢さんは優しいね!大丈夫だよー悪いのはこの、曽良くんという極悪非道のぐふぶぶっ!」
「どこから出るんですか、その音」
「君が出させてるんじゃないかッッ!!」
「はいはい」
「きゃはは!」
楽しそうに子供は笑って、どこかに去っていった。親の元だろうか。正しい判断だと思う。それでも、芭蕉さんはぎゃんぎゃん吠えるのをいっこうに止めないので、僕は芭蕉さんを睨み付ける。しかし、あまり見ていると気分が悪くなるので、誰にもオススメしない。
「な、なんだい曽良くんその目はなんだい」
「汚らわしいものを見る目です」
「曽良くん、キミ師匠のことを汚いっていうのかい!」
「…師匠?」
「え?!違うの?!さも不思議そうにするのやめてよ!!芭蕉の心はこの可憐に咲く花のように清らかだっていうのに弟子の曽良くんは!いつまで経っても!もう!まったく!!」
「土に還れ」
今日一番のイラだちを覚えたところで鳩尾にひと突きしたら、芭蕉さんは気持ちの悪い音を出しながら、花畑に倒れていった。ああかわいそうに、花が。なんていうことだろう。今日も残念ながら、芭蕉さんは、迷惑なくらいに元気に生きている。