「ブンちゃん…寒い」


私がこたつに入ってカリカリと頭を働かせてシャーペンを動かしていると、横から蹴りが入る。勉強している私の隣に頭がひょっこりと出た。「気にすんなって」軽い調子で言われる。違う、そういう問題じゃないわい。暖かいこたつの中で乱闘が始まろうとしている…なんてことはなく、ここはいつまでも平和な場所のままである。私は自分で言える位には根が真面目なので、冷静に一度だけ、ブンちゃんの脛と思われる部分を蹴っ飛ばしておしまいにしておいた。ブンちゃんはそれでも何も言わない。

「邪っ魔」
「うっせえ。俺もさみい」
「さっきからお菓子食べてるだけじゃん」

ポリポリボリボリとやかましい雑音を立てる。ブンちゃんはお菓子を飽きる程食べている筈なのに、それが止む気配は皆目無い。隣からする甘いニオイが、部屋に広がって蔓延りに蔓延る。むしろこっちの食欲とか気分とかいうものが低下し悪化していることに、彼は気付いてはいるだろうか。私がお菓子嫌いにでもなったら、絶対にブンちゃんのせいだ。

「なんかすることあるでしょうが」
「わー頑張れー超応援ー」
「心がこもってない」
「こめてねえし」

簡単に真顔でいうからちょっとムカついて、顔を逸らした。それから止めていた手を再び動かして紙面に集中する。苦手な関数の問題を解いている意識の半分で、なんとなくブンちゃんが寝転がった姿勢から私を見上げているのがわかる。わかりやすくて笑ってしまいたくなった。

「……」
「怒んなよ」
「ねえ、受験生、やだね」
「俺エレベーターだし」
「エスカレーターね」
「…どっちでも良いだろ」
「そうだね」

私とブンちゃんは幼なじみで同じ中学生だけど、通う学校は違う。だけどこうして関わっていられるのは、嬉しいことだと思う。その気持ちに特に理由もないけれど。でも、私はたまにどうしようもなくブンちゃんが羨ましくなる。ただ、こんな真っ赤な髪の毛が欲しいわけじゃないし、こうなりたいかと聞かれれば答えはノーである。うまく言えないのだ。

「ていうかそのハチマキなに?」
「合格必勝ハチマキー」
「えーウケる」
「ウケんな」

私の額を指さして物欲しげに見つめる、ブンちゃんの眼差しが、キラキラしすぎてなんだか心が苦しい。間違った字に消しゴムをかけている間中、私の少し揺れる額に合わせてブンちゃんの目玉が動いているのが、横目ではっきり見て取れた。ハチマキは、気分を盛り上げるために勉強中は巻くことに決めたのだ。もしかして今日までで終わりかもしれないし、明日以降も巻くのかもしれない。これを着けながら解いた過去問の出来が悪いものなら、次からはお役御免。それだけの物だ。

「オレも欲しい」
「え…いや、これしかないし」
「つまんねー」
「そんな言われても」

しかし、それから暫くつまんねーつまんねー、とそれしか言わなくなった。それなのにボリボリ言う音はいまだ続いているから、どこまで食欲に忠実になんだろうかと呆れてしまう。もうなんか、数学よりブンちゃんの方がめんどくさい。そのまま太れ。明日には確実に忘れていそうなハチマキに、何故か今こんなに執着している。

「ブンちゃんは受験しないし、別に良いじゃん」
「そういう問題じゃねーし」
「なにが」
「俺だって頑張りたい」
「えー…」

頑張りたい?何を?どこで?誰と?どんな風に?何のために?
ブンちゃんがそんなこと言うなんて、私は驚いて、それからなんだかものすごく感動して、でも問い質してみたくもなった。思わずシャーペンの動きを止めて、ちょっと真面目な彼の顔をじいっと見つめる。

「なんか、おまえがうらやましい」
「……じゃ、一個お願いしていい?」
「あ?」
「私の応援」
「してやらねーこともねーけど」
「こたつ出ろ」
「しますさせてください」

どんだけ嫌なんだと思いつつ、頭を下げたブンちゃんに冗談だと笑う。すると、彼は途端に調子に乗って「俺おまえのこと好きだからさ、ふつーに」とこれまた得意げな顔で私に言った。突拍子もないうえに動機がよく分からなくて困る。でも、なんとなくならわかるおかげで、こたつの中でお菓子食いながら言われても…とか、いきなり恥ずかしいやつ!とは言うに言えないのだ。

「えっ?いきなり?」
「なんだよぃ」
「言われなくても知ってるよ」
「うざっ」
「はは」
「頑張れよ」
「…ん?」
「受験」
「おー」

嬉しかったのもまた事実で、意図せずとも口の端がゆるんでいくのがわかる。言葉はお守りみたいなもので、これなら忘れることはない。百人力だ、なんてこと言ったら大げさかもしれない。ましてこれを聞いたらブンちゃんは今より更に得意気になるに違いない。だから絶対に言わないけれど、私はきっともっと頑張れるはずだ。


11.01.11



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