俺はぎょっとした。朝からこうも驚かされる事があるとは思いもしなかった、とその光景を、ひたすら呆然と見つめることしかできなかった。

「みょーん」

これは何事や。俺が言葉に詰まっているといきなり奇声を発する彼女、ますますおかしい。しかしそれよりも、どうやら幼なじみはメイクを変えたらしいのだ。というよりは、彼女は目の回りだけパンダになっていた。完全なるパンダ。一昔前のギャルメイクみたいに黒々と縁取られたそれは、俺が思うに、かわいいとかそういう問題以前の話だ。

「どしたんそれ」

ようやく落ち着きと共に喉が湿って声が出た。少し近寄ると、あの独特の化粧の匂いが漂ってくる。それもいつもより強い。

「失恋」

へ?

「え、……マジで?」
「マジです」

また驚かされた。無表情も良いところな顔で喋る姿に、すこし違和感を覚える。恋に敗れるとこうもなってしまうのか。えええ。そんな。いつものはつらつとしたのとギャップありすぎやろ。ていうか、好きな人がおったなんて聞いてへん。
俺はどうにも困ってしまって、とりあえず謝ることにする。一番無難だと思ったというよりも、明らかに良くない思い出に触れそうになって申し訳なくなったからだ。ただ、俺の知らないとこでこいつが恋をしていたという事に、淋しさのようなものをふと感じてしまった。話す義理ぐらいあるやろ、と思う心と、悪いと思う心とが入り交じって自分でもようわからん。


「なんやすまんな…無神経に」
「平気だし、吹っ切れたし」

……絶対うそやん。

明らかに動揺している。不自然な間が挟まった。そうかと思うと、彼女の黒く縁取られた目の中が途端にきょろきょろあてもなく動いた。まだ朝早いからか、教室には俺と彼女しかいない。窓の外は、雨が降っている。


「それ嘘やんな」
「……」
「もう吹っ切れたんならわざわざパンダにならへんやろ、別に」
「はいはいまだ未練たらたらたらですけど、たらたらですけども」


少し怒りはじめたのか目つきだけ悪くなった。でも何故だ、言葉に抑揚が無い。怖い。化粧のせいで更に怖い。なんかのドラマの一シーンみたいや、ちなみにサスペンス。なんて、くだらないことを考えている場合じゃないのはわかっていても、そうでもしないと気持ちの面で持たない。


「すまんて、怒らんといて」
「怒ってないし」
「でも、その化粧はあかんわ」
「知ってるし」
「ちっとも良くないな」
「わかってるし」
「素顔が一番かわええよ」
「わかってるし」
「ん、そんなら落としてき」
「うん」


よかった。彼女はおとなしくトイレの方に向かって歩いていった。俺は一人、教室で考える。
誰やろ、あいつをこんな風にさせたんは。わからへんわ、そんなもん。その繰り返し。誰かが登校してくる気配も無く、しばらくして、彼女が大分すっきりした顔で戻ってきた。


「ふう」
「やっぱその方がええな」
「そっか」
「てか、なんでパンダなったん?」
「は?」
「いつ失恋したん」
「あんたさっきから人の傷痕まさぐりすぎ」
「まさぐるやて…」
「変態」


ようやく笑顔が戻ってきたかな、と思う。陰気臭い表情はしていない。雨も同時にやんだら大分ロマンチックだけれど、雨は相変わらずざあざあで全然そんなことはなかった。現実は厳しい。彼女が薄く口を開いて、何か言おうとしている。

「あのさ、理由」
「おん」

見つめていたら目を盛大に反らされた。あと、いきなり声が小さくなった。今日のこいつわかりやすすぎやろ。

「……何かあったのかーって、気づいてほしかったから」
「ん?」
「二度も言うか」
「ほんまに?」
「なに笑ってんの」
「いーや別に?」
「消え去れ」
「…うそうそ、おまえかわええとこあるやん。そんなこと言うなんてなー」
「ニヤニヤすんな」
「してへん、してへんて」
「あああ言わなきゃよかった!」


頭をわざとらしく抱える彼女は調子が戻ってきたみたいだ。おまえはこうでないと。でも、今日くらいはしんみりしててもバチは当たらんよ、多分。明日笑ってたらええて。言わんけど。

「こんなに男前なんが近くにおるのになぁ」
「絶対やだ」
「そう思わん?」
「いきなりうざい」
「思わん?」
「まあね、うざいけど」
「そんなんが近くにいるっちゅーのに他の男に惚れる訳がわからんねん」
「…はいはい」
「もったいないなあ」
「…あーあ…もう」
「あらら」
「……白石がうざすぎて涙が出てきました」
「まったく仕方無いなぁ、はいハンカチ」
「…親切すぎてきもい」
「褒め言葉や」


/そうやってるのが多分一番似合ってる
10.12.13



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