カリカリカリカリ。シャープペンシルを紙に滑らせる音がそこかしこから聞こえる、のが当たり前なんだろうが我等がクラスの人間のたいていはそれに該当しない、どうしようもないおバカである。たとえそれが小テストの時間であっても。スラスラ出来るか、全く出来ないか極端過ぎるのだ。あーとかうーとか唸ったりする誰かの声や銀八がパラパラとジャンプをめくる音とか、そういうのしかしない。



「あ」
「なに」


不意に隣の席の沖田が窓の方を指差した。しかし誰も咎めない。私含め。辿って見てみると、ただそこには広がる青空に雲が泳いでいるだけで、何の変哲も無い風景だった。


「ちょ、なんなの」
「あーさっきまで見えてたんだけど無くなっちまったみたいでさァ」


ふうん。首を傾げながら視線をまた元の机の上に戻して、プリントを見直す。しかし私は軽く見ただけでも現れた異変に気付いた。なんだこれ。


「オイ沖田お前だろコレ」
「あ〜わかんねえな〜難しいな〜」


名前欄に確かに書いた、私の名前の後ろには「(独身)」という汚い文字が増えていた。わざとらしく頭を悩ませているフリをする沖田以外に、犯人はいない。悪趣味な奴。確かに独身だけど大多数がそうだろ、なんかわざわざ書かれるとイラッとする。黙って消しゴムをかけた。出てきたカスにまで無性にイラッとする。時計の針は、未だ終了の時効を回らない。雑念は置いて一眠りしてしまおう、と頭を伏せようとした。


「うわ、すげえや」
「え?」

みょうじあれ見ろよ、とまた沖田が窓の外を指差した。一度で飽きが来ないとはさすが。沖田はどうでもよさそうな表情の割には、声色は僅かに動きをもっていた。さて、窓の外には。そう思いながら、私もつられて見た。



「真昼間からご苦労なこった」
「…っわ」


なんと今度は見るべき対象があった。私の視力でも、何等問題無く良く見えてしまう。教室にいない高杉が屋上にいて、彼は女の子とぶっちゅーっと唇を合わせていたところだった。げ。低い音が喉の奥から押し出された。今度言ってやってほしい、教室から丸見えだって。場所と時間を考えろ、とも。



「どうしようもないな、高杉って」
「へえ」
「…」
「アンタはあーいうの嫌いなんですかィ」
「はあ?」


頬杖をつきながら思った事を呟けば、隣の沖田が意味ありげな視線を寄越してきた。なるほど違った。どうしようもないのはこの男も同じだったらしい。教室に堂々とふざけた台詞を吐いた。


「馬鹿か」
「じゃあそれ見て下せェ」

とんとん、と突かれたプリントに目をやるとやはり名前欄に何かが増えていた。ただ、それを確認して今度はぎょっとする。私の名字が消されていて、更にはなまえの後ろにハートマーク、そして総悟、という文字が刻まれている。え、これ。は?

とっさに隣をバッと見ると、沖田が意地悪そうにニヤニヤと笑っていた。急に手首を掴まれて肩がぴくりと震えた。ふざけんな。言いたかった咄嗟の声は出ない。


「みょうじ、俺らはここで」
「は?……いやいやいやいや」
「じゃあ、屋上行きやしょう。それなら問題ねーだろ」
「そういう問題じゃないよ」
「そんなに嫌なんですかィ」


はたしてこんな奴だったか。プリントを奪い返そうとして手を伸ばすと、沖田も負けじと強く掴んで離さない。紙が突っ張る。しれっとした表情の沖田を睨みつけるが、一向に離す気配が無い。私には依然として展開が掴めない。そして、何故Z組の皆さんはこの状況で何も関与してこないのでしょうか。慌てて周りを見回すも、神楽ちゃんは突っ伏して爆睡しているし、斜め前の山崎君は一心不乱に回答欄に何か書いている。近藤君も寝ていて、何か幸せそうに寝言まで言っている。丁度試験監督であった銀八はジャンプを読みふけっている。ひどい。


「ちょ、離せ、返せ」
「アンタこれ消して、無かった事にするんですか?」
「何が?」
「俺は本気ですぜ、なまえ」



え゛えっ。衝撃に任せて手に力が入り、嫌な音が教室に響く。最悪だ。手の中のプリントは真っ二つに裂けていた。ふつうはこんな事態ありえない。しかも名前欄側は沖田が持っている。ついてない。


「あーあ」
「どうすんのコレ…」
「言っとくけど俺これ返しませんぜ」
「確実に追試だ……」
「じゃあ俺も」


沖田はそう言ったかと思うと、自分のプリントに手をかけた。嫌な予感を抱えつつ黙って見ていると、案の定それをあっという間に半分に破いた。結構な音がしたが、しかし誰も見向きもしない。だめだ。ああ、わかってたけれどこいつ馬鹿だ。わかってたけれど最凶の馬鹿だ。


「ふう」
「やり切ったぜ、みたいな顔するな」
「一緒に受けてやりまさァ。これで文句ねーだろィ」
「大有りだわ」

沖田が万事解決だぜ、とでも言いたげな顔をして笑う。無駄に良い造形のおかげでまともに見えるが途方も無く、呆れる程馬鹿だ。結局ほだされた私はそれより幾分も馬鹿だ。バカとバカのカップルでバカップル。そんな不名誉な上に沖田と一括りにされた称号なんて、誰が受け取るか。そうは思っても、なんかどきどきした。


/檸檬の時代
10.09.10


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