使い勝手の悪い携帯電話をそろそろ替え時かな、と思いつつぱたっと閉じた。

今日は女子高生だ。いつもいつも似たような奴ばかりだという気がする。脈拍を計るような仕草のまま動かないでいる彼女の肩に片手を乗せて、少し体重をかける。どうかな、と思って顔を覗いてみたけれど、相も変わらずに彼女は自分の手首を見つめている。
まばたきしてないけど。やだなあ、無視?ちょっと。

いや、初対面でこれは馴れ馴れしかったかなぁなんて反省する。近付けた身体にさえも、なんのリアクションも取らない彼女に、少しつまらなくなったところで、声が聞こえてきた。無駄に返事が遅い。

「私ってなんで生きてるだろうって考えてたんです。答えが出なくて、もう生きてる意味もないんじゃないかって」

わざとらしく目を見開いて、口も薄く開く。面白いけど、なんでだとか知ったこっちゃない。理由が無いと生きられないとか詰まらないとか、そういうタイプであっても、どうでもいい。

彼女が頭を横に振って揺れたその髪の毛は、人工的な茶色に浸蝕されている。客観的に観察をしながら、脈拍を計っていた意図が、死への意識だとなんとなくわかった気がした。それだけだけど、またこの前と同じようなケースらしい。愉しい、愉しい。頼んであげたカフェラテからは、もう湯気は出ていない。自殺願望めいたことなんか言っていたから、手を付けないのもしようがない。つまるところ、終わりであるからだ。死にたいのに水分を摂ることの必要性はないから、当然といえば当然だ。それでも、もったいないと言えば彼女は飲んでくれるだろう。わざわざ言わないが。

「じゃあさ、少し良いかな」

「ああ、どうぞ」

「俺が思う素晴らしいひとつの知識を、最期に君に伝えるとしたらなんだけど」

「…はい?」

仰々しい響きに素晴らしい表情を返してくれた。予想していた通りといっても良い。彼女はちょっと違和感を感じたらしい。「なに言ってんだこいつ?」そんなところだろう。きっとこの世の悪口雑言を語り合って、とか思っていたのにね。何を言い出すんだとでも言いたげである。恐らく彼女の思う通りにいっていないこの空気を、わかったようだ。整えられた眉がひくついていて壊れた人形みたいに見える。わかりやすい。誰かと一緒に自殺しようとするくらいだから、わかりやすくて当然なのかもしれない。
人間。魅力的な響きだ。ひとのあいだ、と書き表す。正に一人では生きられないんだ。それはそれは楽しいじゃないか。俺は楽しい。矛盾と情に葛藤して、自力で答えを出してから死ねる奴なんて一握りだ。それこそ聖人と呼ばれる類いの者かもしれないが、たいていは、生きる意味なんぞ考えている隙にぽっくりこの世から去る。
ひどい、ひどい。なんて効率の悪い生き方なのかが君にはわかるかい?わからないだろうね。だから、聞かないであげるのさ。


「そうやって悩む間にも君は死ぬために呼吸をするのさ、もちろん俺もね」


はっとしたような顔をした彼女に、少し笑う。教祖とかも楽しいかもしれないなあ、と漠然と考えた。爪先を彼女のほうにくるりと回して顔を指差した。失礼窮まりなくて悪いね、すまないよ、なんといってもその顔はあまりにも傑作だ。手首に手を宛てる格好をやめないのは、一種の意地だろうか、それとも呆気にとられただけだろうか。その、どちらでもいい。

「……難しいですね」

イライラしてるイライラしてる。俺はすごく楽しいのに。持論なんて、大方は先人の受け売りでしかない。だから俺みたいな奴は昔にも居たかもしれないし未来にも登場するのかもしれない。挟まれながら生きていく俺らが、唐突に生きる意味を思案したところで、なんにもならないんじゃないか。死を共有するなんて事も、そもそも馬鹿げている。死は孤独だ。彼女がしたいようにすればいいけど、俺のしたいようにするに決まってる。そうする意味なんて無いし、俺は人を愛しているんだから、人を導くのもまた必然とも言える。こうして迷う人間が多いから、都市って素敵だ。

「その点、俺は考える前に楽しみを見付けたんだ」

「…なにが?」

「どうしようもない愛憎劇を上から見ることも、媚び売る人間の表情の醜さの中の美しくて間抜けな隙間をかい潜って逆手に取るのも、そもそもアタマを使ってどうにかなる世の中も、知識の吸収も、このふざけた最悪の仕事も、嘘を付くことも、誰かになりすますのも、悲観的な馬鹿を宥めすかすのも、思う通りにならずに嘆く人間の導くのも、君みたいに死にたいなんて言って自分でしようとしない、できない、生に愚直な人間をかいがいしく諭すことも全部楽しみのうちの一つ。ま、楽しくなきゃやってらんないよねぇ」

長々しいこんな台詞は案外するする口をつく。難しいことを並べているようで、意味としては実に単純で直接的である。相手に対しては説得力も増すし、自分で口にしていて面白い。それよりも、みるみるうちに変わっていく彼女の表情に吹き出さない方が、幾分も大変だった。きっと同士だと思ったんだろう。自殺志願者、の。そりゃそうだ、そういう掲示板で出会ったのだから。世の中って、捩曲がってるけれど変なところでまっすぐだ。だから奇怪で素敵で余りにも馬鹿馬鹿しい。


「……意味わかんない、なんなんですか?貴方も死にたい、って」

「ああごめんね?あれ、嘘」

「……ひどい、最悪、最悪最悪最悪……なんなの貴方、何がしたいの!?」

「だからあ、俺は奈倉だってば。君にカフェインを奢る善良な一市民。なにがしたいって、君と話してみたかったんだよ」

「……ふざけないでよ」

「君の手助けをしてあげるのに。なんでそんな恨めしそうに泣くの?いや、それでも君はどうせ死なないんだろうけど。そうそう、君の三人前も意気地無しで困ったよ。最近の二人はあのビルだったっけなあ。最近開発してるんだってね。夜は人はいないし、いいと思うな。きっとするっと簡単に終わるから。痛いのは嫌だとか今更言わないよね?オススメだよ。手筈は済んでるし、いつでもどうぞーってとこかな。もちろん余計な心配はしてもらわなくて結構だし、無駄になったカフェラテは奢るから安心していいよ」


本当は生きたいんだって、ねえ、言えばいいじゃん。死ぬことに仲間を求めている時点で、君はどうしようもなくひとりだ。嗚呼、人間ってやっぱり面白い。
満足感に浸りながら目を閉じる。頬に痛みが走る。目を開けたら、俺の前には誰もいない。喫茶店のドアが開いた音がした。これだから、当分はやめられそうもない。


/歓喜が呼んでいる!
10.12.04


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