まだまだ夏は始まったばかりなのに、早速今からも耐え切れる気がしない。人間に溶けるという機能が備わっていたなら、今私はどろどろになっていただろう。いっそ、寒暖を感じ無ければどれだけ楽か。そんな末期な思考をぐるぐるさせてしまうくらい、この部屋は非常に暑苦しい。我が家にある数少ない文明の利器は、質素倹約の基にその役割を果たせていないのだ。かっこよく言ったところで、節約という事実には変わらない。



 漠然とした倦怠感、疲労感、それらが重なり合って積み重なる。命名、負のミルフィーユ。うまいこと考えた私に誰か返事をくれたら、それは独り言にならないのに。レースのカーテンは柔らかくもなければ爽やかさも無い。無駄にあるのは圧迫感。一人暮らしは楽じゃないと、この街は決して楽園ではないのと、私は弱かったのと。それを叫べたら、幾らか良かったかもしれない。気持ちの面で。


昼ご飯はそうめんで良いか。力を入れて起き上がる。頭より腰が重くて次の動作になかなかすすまない。夏バテを歓迎するような生活態度だけれど、それを咎める人が居ない。仕方ない。こんなものか、こんな。
都会に住めば都会の人間になれる訳じゃなかった。ただ乗っかって、次第に音も無く埋もれていくのみ。知ってからは、温度差に嘆くのも無駄な労力だということで、現実の渦中で私は、ひっそりと息が止まりそうです。


ピンポーン



 静かな部屋にチャイムが鳴った。安っぽい音は、私を貶るかのようで、脚を立てるのが増して億劫になる。すべて、あまりなく空想に過ぎない考えだとはわかっていたつもり。つもり。

ピンポーン


返事をしない部屋にもう一度チャイムが降り懸かる。誰だろう。目をつむってからまた開けた。やおら立ち上がりながら唾を飲んだ。考えてみる。寂しさを、つまらないことは無しに受け止めてくれる人なんて、私の周りにいただろうか。そんな、できた人間はいただろうか。



「やあ」
「…わ」
「相変わらず面白い顔」



そういえばこんな男もいた。恐らく幼い頃に人格形成に失敗したのだろう。それがために非常識なほどにあくどさを持っている、つまりこの男は決してできた人間などではないので、私の悩み事は受け止めてもらえないということだ。いつもの格好で、扉の先にすっと立っている。久しぶり、と笑う折原臨也。失礼な言葉を聞くのさえも久しかった。言い返すだけの感情は起きず、黙って赤い眼を見つめた。


「なに」
「詳しいことは中で話すさ」
「……」


そんな顔しないでよ、なんてまた笑う折原を、私は家に入れた。華奢なくせ、力は案外強い折原に掴まれた手首は少し熱を帯びる。彼も人間。人間だ。ようやく解放されたかと思うと、折原臨也はイスに勝手に腰掛けて口を開く。何様なんだろうか。



「暑くない?」
「節約だよ」
「ふうん、頑張ってるんだね…」
「厭味?」


彼はうすく唇の端を持ち上げて、さあ、なんて言って、立っている私を見た。非道徳的な商売についているヤツの収入があれば、こんな苦しみ味わわずにすんだのだろう。似たような笑顔を返して、私も向いに腰をおろそうとした。


「ねえ、お腹空いたから何か作ってよ」



 当たり前のように言った。私は目を丸くして再び折原を見る。以前、手作りが好きだ、と確かに聞いたことがあった。愛と手間をかけたものが良いのだと。寒い、と馬鹿にした私だったけれど、今ならそれもわかる気がした。暫くしていなかった、らしさのある料理を、彼の為にすることになるとは。なんでおまえのために私が動かねばならない。そうは考えつつ、止めていた身体を逆方向に動かした。なぜだろう、少しだけ涙がこぼれそうでおかしかった。私も大概おかしいんじゃないか。





「うん、やっぱり美味いよ」
「それは、どうも」


出した食事を前にして、涼やかに箸を進める折原はなにもかも見通しているようで、少し怖かった。文句や厭味のひとつも垂れないとは何事か…、と昨日まで、明日から、なら寒気立つ。ただ、今日は違う。それは平素での彼よりやさしい。良く言えば、無機質な空間に色をくれたのだった。利害の一致だ。なんとだって言える。ただ、今日、今。たとえ嫌われ者と追いやられていても、私には、それはどうでもよかった。



「また、これ食べに来ていい?」


私が頷いたのを、彼は満足そうに見ていた。

10.06.29



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