愚痴を聞くのは慣れっこだ。それでも今回は、少しばかり事情が重たいらしい。ラジオを作ってみたんだと言ってみたら、酷く馬鹿にしたような顔で奴に笑われたのだという。だから彼女は、それからあのゲジ眉に話し掛けるのをやめにしたと言う。あいつめざまあみろと思いながら彼女の頭を撫でてやる。少し笑った。

「…殴ってやればよかった」
「ははは、そりゃそうだなあ。良い良い」
「強さ、って、なんだろねぇ」
「ん?」


唐突に彼女が呟いたその言葉に、思わずどきりとした。そんなの俺にはわからないよ。言ったら彼女ががっかりする気がして、まったく、らしくねーな、なんて笑ってごまかせば良いものを、俺はなんとなくそれができなかった。


「あんなに意地悪だったっけ、アーサー」
「…さあ。でもそんなもんじゃない?あいつ」
「もしかして力が大きくなると、心が小さくなるのかな。なんてね」
「ああ……かもしれねーなぁ」
「なんか今日は冴えてるね、私」


苦笑いして眉を下げる彼女は寂しそうだった。あいつは本当に馬鹿だなあ、と思いながら、俺は彼女の話を聞く。なにが英国紳士だろうか。強くなることで心が擦り減るなら、それはしょうがないのだろうか。なんて、そんなの知らなかった。誰しもがきっと、かつてこうあるべきと、こうなりたいと、望んだはずの世界はいっこうに見えないのだから。


「アーサー変わったのかな」
「な…どうだか」
「仲直り、できるかな」
「うん。お前なら大丈夫だよ」
「ありがとう」
「…どういたしまして」
「だからモテるんだよフランシスは」
「そう?やっぱりそう思う?」
「へへ、あとね、思ったんだ」
「なに?」
「私は力、小さくていいやって」
「……そっか」
「フランシスは?」
「んー。あー、俺心は広いよ、あいつと違って」
「答えになってなーい」

やっと茶化したつもりなのに、彼女の面持ちは辛そうだった。どうやったら良いか。わからなくてぎゅっと拳を一人で握り締めた。伸びた爪が掌に突き刺さる。彼女が下を向いてているので、俺は自分の無力さや不甲斐なさに嘆くことしかできなくなった。謝罪をしよう。それの他に、うまい言葉が見つからない。

「ごめんなあ」
「どうして」
「俺には何もできなくて、ごめん。ごめんな」
「違うよ」
「ごめんな」
「フランシスは悪くないよ」
「約束一個も守れなかった」
「ね、誰も悪くないはずなんだよ。誰も」


ちょっと笑う彼女の頭を手持無沙汰をごまかすようにもう一度撫でた。彼女が謝られることを望まないなら、それくらいしか、俺にはできないんだと思った。勿論、それだけで許されようとか、俺の心のどこかに僅かでも確かにやましい気持ちがあったのかもしれない。


「あのラジオも丁寧に作ったの」
「うん」
「だから、ああいう風に笑ってほしくなかった」
「…だよなあ」
「アーサーのバカ」
「…ほんとにな!」


頭に置いた手を動かすこともしないで、相槌をうった。彼女のところにも我が国、と慕ってくれる人間達がいるのだろう。数が少なかろうが、きっと彼女はそいつらを守ろうと必死なのだ。ラジオは、恐らく、国の成長の証だった。俺は数百年前から比べられたなら、変わったのかな、何ができているのかな。俺は友人を慰めることさえまともにできないやつだったのだろうか。愚痴られて、俺まで苦しくなるなんておかしいよな。俺は助けになってないもんな。


「これね」
「ん」
「あげようと思ってたんだ、アーサーに、へへ」
「…良いよ、無理しなくて。今なら出血大サービス、お兄さんの胸を貸してあげる」
「…優しいね、フランシスは」


私はアーサーがちゃんと好きなんだ、友達だもん。フランシスもね。

そう言ってから顔をうずめた彼女の背中に手をやんわりまわす。どうやったら、皆笑っていられるのか。化身としてのこの体が人間のように触れ合うのは妙であり、でも考え方によっちゃ当然のようにも思えた。
どうやったら、この子の心は傷付かないのか。まったくもって馬鹿なあいつは、何一つ知らない。俺だって知らない。誰かが知っているなら、戦いなんて起きないのに。乾いた眼球には窓からの夕日が眩しかった。仕方なく目を閉じる。自分には願うことしかできなくてごめんと心の中で呟く。来たる明日が、その前に彼女の朝が、たしかに平和でありますように。


背中に生える夢
10.12.10


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