煌めく色とりどりの装飾、イルミネーション、町中に溢れる人々の笑顔、幸せな姿。今日という日を具現化したようなそれらを脳内で浮かべながら、相対するように屯所に響くのは、怒鳴り散らす声と紛れるような悲鳴のビージーエム。転職願望が増しに増して、ついに辞表を置いて出ていくのは今日なのかもしれない。

こんな日までこんな野蛮な有様なんて…。聖夜と呼ばれる今日の夜だってなんら変わらないのが、むしろこの組織の長所なのかもしれないなぁ。苦し紛れにそんなことを思って廊下を歩くのは些か心と体が寒いのに、他に考えることもない。


「ジングルベール…」

淋しく呟いてから、すぐに後悔した。虚無感しか生まれなかった。胸に冷たい風が通ったかのように寒気がして思わず身震いする。渇いた私に逆効果のそれは取りやめて、とりあえず黙って廊下を歩いている。すると、曲がり角を曲がった私はそこで誰かにぶつかった。硬い隊服に当たった冷えた鼻が、悲鳴を上げている。

「痛っ」
「……」
「あー、私の不注意で…」

すんません、といってから顔を上げる。ぼけっとしていればこんな事もあるよねと、少しばかり反省しながら目を見張る。

げ。

人物を確認してから顔をしかめそうになって、咄嗟に眉間を抑える。ぶつかった相手は私を見て面倒臭そうにしている。真選組厄介な人物ナンバーワン、沖田さんだった。ちなみにナンバーツーは土方さん。

「(よりによってこの人…)」

無表情に切り替えて私を見下ろす彼は耳に刀から伸びるイヤホンを装着しているらしく、シャカシャカ音が漏れて聞こえてくる。あ、そうだ。これなら、私の声も聞こえてないかも。思わず彼の顔を見てすぐに口から出た一字のたしかな本音も、きっと音楽に掻き消されているだろう。一安心、と私は胸を心の中だけで撫で下ろした。が、それは一瞬で掻き消される。沖田さんは「相変わらず良い度胸してまさァ」とニヤニヤしてからわざわざ勢いを付けて私の足を踏んだのだ。悪趣味過ぎる。さすがナンバーワン、と適当に思いながら、私は痛みを訴えた。

「痛っ!地味に痛っ!」
「度胸だけは誉めてやりやす」
「ど、どうも」
「だから書類手伝いなせえ」

真顔で淡々と傍若無人なことを言ってのけるこの人の将来が不安だ。否、もう手遅れかもしれない。ポケットに手を突っ込んだままの格好が余計にイラッとする。脈絡が無いにも程がある。端から良い気分では無いところにこの仕打ち。私はできるかぎり強い眼差しで対抗した。

「意味わかんないです」
「ああおまえバカだもんな」
「私、用事あるんで」
「怒んないでくだせえよバカ」

あなたは私を殺したいんですか…。頭の中でピキピキ何かが音を立てたような気がした。今の私になら土方さんが瞳孔ガン開きなのもわかる気がする。あ、それは関係無いか。でも、頭の血管が切れそうになるのには納得せざるを得ない。

「わかりましたもうバカで良いです、バカで良いからそこをどいてください。バカに道を譲ってください」
「どこいくんでさァ」
「……知っててやってますよね」

結局口では勝てそうも無いので、やけくそになりながら答える。人の邪魔をすることにかけてはこの人は全世界中でもトップクラスの実力をお持ちだろう。そんなあほらしい思考を頭の端では渦巻かせながら、私は回避する方法を必死に考えていた。

「ど・こ・に行く?」
「…夜間巡回ですけど」
「誰と?」
「ひじか」
「俺も行きまさァ」

ハイ残念思いつきません。もういいからスルーして振り切ろうと空いた間に足を出せば、すぐさま、さっと軽い身のこなしで私のゆくてを阻む沖田さん。こんなとこでその余りある運動神経を活用しないでほしい。少し諦めたふりをして、というか半ば諦めて私は動きを一旦止める。


「副長いますけど良いんですか」
「大丈夫でさァ、出掛ける前にはもう塵となってる予定なんで」
「いやいやいやいやちょっと」
「往生際が悪いのはよくないですぜ、どうせクリスマスの今日も一人なんだからむしろ俺に感謝しな」
「ははは」

もうやだ。もうやだこの人。ストレスでむしろ私が塵になりそうなんですけど、サンタさんどうしますか。泣いてもいいよね、と思わず弱気になりかけたが、根性を振り絞って涙腺を励ます。いや、それは負けたみたいで絶対イヤだ。廊下でこの会話、とてもむなしいものがある。

「ただでさえイチャイチヤしてるカップルがわんさかいまさァ」
「はい?」

かぶき町もクリスマスムード一色に染まり、そんな時期だからこそ入念に見回りをする、というのがこの季節の恒例だ。しかし確かに、毎年真選組隊士はみじめな思い、心が寒い思いをすることになるのだ。こんな日までご苦労さん、とでも言うような哀れみの視線や、今日くらいおとなしくしてろよ、という嫌悪が篭った視線は懲り懲りだと、例年で体験した皆さんは言う。

もし、本当はそういうつもりで見られていたんじゃなくても、きっとそういう受け止め方になるくらいにはダメージがあるのだろう。卑屈になる程の心の痛みが。きっちりかっちりと着こなした隊服を見て、そんな風に思われるのは私も多分キツイ。ていうか絶対。今年は副長捕私が担当だが、沖田さんの吹き込みで行く前からテンションを下げられるとは思わなかった。なんてことだ。これも彼の作戦なのかな、と考えるとますます溜め息が出そうになる。

「そんな中で土方といてみろィ」
「土方さんといたら…どうなるんですか?」
「死ぬほどうざい」
「それはただの沖田さんの意見ですよね」
「もうなんでもいーんで、パトカー用意してきてくだせえ」
「私怒られたくないんですけど…」
「大丈夫、怒られるときは一緒でさァ」
「ぜんっぜんそういう問題じゃないです」

アンタと一緒だから嫌なんですよわかってんのか!そんな言葉を口にできるはずもなく、何ひとつ安心できないままに溜め息を吐く。出た息は白い。気付いたら庭には雪が降っている。どおりで、寒いと思った。思い立って私は息を深く吸い込む。

「沖田さん、ほらホワイトクリスマスです」
「あ」
「それじゃまたいでででで」
「ついでに福耳にしてやりまさァ」

雪に意識を逸らして逃亡作戦、は失敗に終わり、私は耳を引っ張られた。冷えた肌にはちぎれるかと思うくらいの痛みが走る。ありえない…マジありえないこの人。私が悲痛な叫びをあげるなか、沖田さんはパッと指を離し、私の手首を掴んだ。と思えば、ぐいぐい廊下を玄関側に向かって歩きだす。

「え?」
「黙って歩け」


掴まれた手首が暖かい。子供体温かしらん、と一人でたのしくなってニヤニヤしていたら、超能力を使ったのかなんなのか、手首が取れそうな勢いでぎりぎりと力が入った。

「ギギギブ!ギブ!」
「うるせー奴」
「そうだみんなにケーキ買って帰りましょう!ね、ケーキ!沖田さんが好きなケーキを!」
「釣られると思ってんですかィ」

そうはいいながらも、途端に力が緩んだので、ホッとしながら変なとこで素直な人で良かった、と思った。いつも素直なら一番なのだけれど、沖田さんには無理な話なのでそこは堪える。

「割り勘ですからね」
「チッ」
「やっぱりな」

それでも力は緩んだままだった。マフラーをしていこう。仕方無いし、土方さんには二人で怒られよう。メリークリスマス、と呟いたらちょっと楽しいような気がしたけれど、たぶん、いや絶対気のせいだよ。


/雪と町
10.12.22


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