「またですか」


部屋の暗闇に溶け込めずに膝を抱えるのは、 ずいぶんテンプレート化していて私からすればやはり滑稽であった。肩を揺らしはせず、近くの椅子に腰掛ける。息を吐いたが、雨音に混じってはっきりしなかった。私はやさしくない。だって、それは私の役目じゃないんだもん。

「ねえ」

彼の言葉には涙が混じっていた。透き通ったテノールは壁に反響して私に届く。前回と似たような声色で、私が追い返せども、また脚をたたんで待っているのだ。机に一定のリズムを叩く指を止めないままで、私は黙っていた。

「…どうすればいい、かな」

「そうですね、この部屋に来て考える前に、あの子のところにご飯を食べに行って笑ってあげたらいいんじゃないかと」

ぴしゃりと伝えたそれは、彼が望む言葉ではないとわかっている。わかっていて変えないのは、意地では無いのだと、無性に誰かに弁明したくなった。ひんまがった性根を正すような師は私にはいない。

反応は無く、表情は埋めているせいで見て取れなかった。私は彼に死んでほしいのではない。ボスは守り守られる者だ。ガラスの外から聞こえる、雨の降る音が彼を慰めているように思えて殊更嫌気がさした。彼はいつだって救われる。優しさを貰い受ける相手が私である必然性なんて、私自身には到底見付からなかった。彼にやさしくないことで、自分が自分でいられるような気がした。まるで皆と一緒なのが嫌な駄々っ子だな、とリボーンさんに笑われた事を思い出す。沢田綱吉、彼は順調だった。血に染まる手に慣れ始め、ボスである背中の重みを受け止め、鵜呑みにすることもなく今までを生きた。

「俺には出来ない、出来ないんだ」

「何故」

「…彼女はふつうだったのに、巻き込まれて、さ、それでも堪えてる。どうしたって……俺の傍にいてくれ、なんて言えないんだよ」

決め付けた台詞が頭を通り抜けるのが癪にさわる。貴方もふつう、だったでしょ。線を引いている、やはりボンゴレデーチモを名乗るようになればそれだって仕方ないのかもしれない。
でもやっぱり眉をしかめて、へえ、とだけ呟く。これは、マフィア撲滅を目論んでいたあの男がよくする動作なのだと、目の前で膝を抱える彼が言ったことを思い出した。そんなものはなんだっていいんだ。私が誰かに似ているとか、そんなことは考えたくない。彼が言うには、あの子は特別。私にだってなんとなくわかるが、そういう存在があったからこそきっと彼はここまで折れずにやってきたんだろう。鼻を啜って弱々しく笑みを携えた、彼のその顔に無性に苛立つ。


「お前は」

「はい」

「ひどいね」


ひどいのはどちらだろうか。やっと顔を上げた彼の髪がさらりと揺れる。見えた眼は、私に訴えていた。震えた声が地面を這っているようだ。
―お前は本当は優しいって俺知ってるんだ、なのに、


「なんで、いつもそんな事を言うの」

「私に聞くのがそもそも違うんですよ」

「…俺には、わからないよ」


質が悪い。君の右腕だと自称する男にでも、君の事をよくわかっているヒットマンにでも聞けば良い。独りよがり。彼の観念は大体はわかっていたつもりだったが、女だから、という広くて共通点といえるのかも不確かで、安易なそれのせいで私は彼の無意識に刺されているらしい。うざい。仕方なくため息を付いて、用意された言葉を並べ立てる。


「貴方はみんなにやさしいですから」

「……俺、が?」

「だからあの子も守れるでしょう。大丈夫」


彼がそのやさしさは時に人に傷を付けると知るのは、いつなのだろう。どこかに混ぜた皮肉に気付くのはいつだろう。安心したようにやっと表情を和らげた。「結局、おまえはやさしいなあ」うるさい、そう思ってもそれが捨て台詞になるのは嫌だから、私はまだ近くにいて戦いたいから、私は笑った。
押した扉がキイと鳴るのを聞きながら、彼を残して廊下に出た。明るい廊下では目が痛い。次に彼がこの部屋に来るときは、多分、恐らく、笑っている。断片的になら理解も考察も出来る。

いま私がご飯を食べに行けば、あの子は他と同じようにアガペに則り、私にも優しく穏やかな心のままに手渡してくれるのだ。神ではないけれど、近いものがある。優しい二人はやさしくない人間にも優しくしてやることができる。私の21gは、まだ手放せそうに無かった。しあわせはなんて掴みにくいんだろう。欲しいのはそれだけだ。


/不可知論
10.09.16



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