廊下を歩いていると、今日はなんだかそれだけで色々面白いことに出くわす。結野アナの星座占い、今朝は見てないけどきっと良い運勢だったんだろうな。さっきなんて、ミントンのラケットを山崎さんが沖田さんに折られていた。面白い。なにやらかしたんだか、まあなーんもしなくても、例え占いの結果が悪くなくても、ああなるのが彼の運命、であるらしい。


「…腹が減りもうした」

マイブームであるお侍口調の独り言と同時に、おなかの虫がぎゅるぎょると騒ぎ出した、私の体内時計は正確である。今日のお昼は何かなぁ、とるんるんしながら脚取りも軽く食堂に向かうと、もう幾らかの隊士がちらほらと食事を摂っていた。ほらねカンペキでしょ。
中に進んでいくとまたも山崎さんがいた。が、またも何をしでかしたのか本当に占いが最下位だったのか、今度は副長が山崎さんのごはんにマヨネーズをぶっかけていた。げ。一度立ち止まり、そちらに向かって手を合わせておく。ご愁傷様ということである。




「おばちゃんこれ秋刀魚?だっけ?」

「おーよく覚えてたね、サンマ。そうそう、美味しいから残さないでしっかり食べるんだよー」

「ほーい」

顔なじみの女中のおばちゃんに手渡された昼食を適当な席まで運ぶ。この前旬の食材を教えてもらって、やっと魚の名前と見た目とが一致するようになったのだ。剣ばっかりの私が包丁を握る日はまだまだ遠い。まあいっか。


頷きながら席に着き、いただきます!と言って箸を伸ばす。今日もすごく美味しそう。よだれを垂らしそうになりながらどれから食べようか悩んでいると、そんな私の隣でがたがたと椅子を引く音が聞こえてくる。あとなんか酸っぱいニオイもする。
ひとまず煮っころがしの里芋を頬張りながら確認すると、山崎さんがマヨネーズ定食と化した昼食と悲壮感を引き連れて、「やあ、隣良いかな」と話し掛けてきた。里芋はとてもうまいが、私は即答した。


「いやです」


「君までひどいイイイ」と半ば叫びながらうなだれる山崎さんを流石に哀れに思い「冗談ですよう」と手招きをすると、彼は苦しいような顔をしながらそのまま席に着いた。今日は特に参っているらしい。今にもばったりとしにそうだ。彼が居るのは、誰が代われるとしても代わりたくないポジションである。

「たいへんですね」

「うん……」

「かなり憑かれてますね」

「ちょ!変な変換しないで!!」

「わ、元気ー」

「たった今君のおかげで気力が限りなくゼロに近づいたよ……」

「山崎さん、ファイッ!」

「なんなのその顔なんかすごくムカつくんだけど」

一通り私の隣でぐだぐだうだうだ言ってから山崎さんは覚悟を決めたように、いただきますと言った。その間に、私はさっと立ち上がっておばちゃんからコップとやかんを貰ってきた。察知したからだ。山崎さんがマヨネーズがかかったなにかを恐る恐る箸で摘み、それからは勢いでかき込むのを横目で見ながらやかんを傾かす。間に合った。


「うっ……」

「はい麦茶を」

「あ、ありがとう……」

手渡したコップを力無く受け取り、しかしごくごくと飲んだ山崎さんは、大きく息を吐いた。なんだか私まで一仕事終えた気になって、やかんを置いてどっかり腰掛けた。山崎さんと食べると昼食がどうもスムーズに進まないが、まあ仕方が無い。再び箸を取って秋刀魚をほぐしながら山崎さんを見たら、少しはまともな顔になっていた。健康的な意味で。

「山崎さんは毎日退屈しなくていいですよねえ」

「それ本気で言ってる?」

「はんぶん」

「はあ…出来ることなら代わってほしいぐらいだよ」

「いや、でもやっぱり私は災難な山崎さんを見てるのが好きです」

「…なんだって…」

信じられない……とでもいいたげな顔をこちらに向ける彼のお皿に、マヨネーズはかかっていない私の秋刀魚をちょっとおすそ分けする。え?と今度は訳がわからなさそうな顔になって、口を開けている。間抜け面という言葉以外浮かんでこない。そこで、表情がころころ変わる山崎さんが私は好きです、と言うと、今度はちょっと照れた。すぐにわかる、わかりやすい。ぽりぽりと頬を掻いている。


「それ、監察には褒め言葉じゃないんだけどね、うん」

そうやって言いながら、にやにやを隠しきれていないところが山崎さんらしい。それでいて仕事はビシッと切り替えてこなしちゃうんだから、本当は、実は、こう見えて、この人すごいんだよなって改めて思う。もれなく脳内で誉めちぎっている内になんだかこちらにまで飛んできたこそばゆい気持ちが背中をくすぐる。よく考えたら私はかなり恥ずかしいことを考えている。うわ、と思わず口から声が出て、今さら照れ臭くなった。料理はうまく出来なくても、いっちょまえに。


/知らない魔力
10.11.21



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -