でっかい欠伸をしてから勢いよくドアを開けば、今日もカイトはそこで待機していた。いい笑顔で、手を後ろに組んでいる。それも最近では見慣れた光景だ。まるで待てをされたわんこみたいである。ちなみに大型犬。
「おはようございます、マスター」
「…ああカイトか」
「なんで少し残念そうなんですか!」
俺だって傷付くんですよ!と言いながら近寄ってきたカイトに目やにを擦られる。お前は私の母ちゃんか、と言いながら目だけで部屋をぎょろぎょろ見渡してみたら、緑のあの子がいないことに気が付いた。
「あれーミクたんは?」
「…あ、朝ごはん作ってくれてますけど、あの、マスター?」
カイトが目尻から指を離す。少し屈んで、こちらをうかがうようにして目線を合わせてくる。なんだなんだ。
「なに」
「ちょ、ちょっと聞きたいことがあるんです」
「ん?」
カイトに肩をぐっと捕まれる。さすがに成人男性モデルなだけあってそれなりに力は強い。それに今は顔が強張っているというか、形相が真剣すぎてちょっと怖い。
「なんで俺はカイトで、ミクちゃんはミクたんなんですか?」
ぽかんと口を開けてカイトを凝視する。なんだいきなり。そんなどうでもいいことを真剣な顔をして聞くバカイトは、なんだか徐々に困ったような顔になっている。そのままどうしようもできずにいたら、話の最中にも洗面所に連行された。バシャバシャと水で顔を洗う。スッキリした頭で答えてくれということか。タオルを差し出すカイトからは、ますます母ちゃん臭が漂っている。
「なんでなんですか?マスター」
「私に聞かれても」
「そういう意味じゃなくて、俺だけ呼び捨てじゃないですか!」
「ああ…うん」
「なんでなんですか?」
「いや。特に理由は」
えええーみたいな顔をされた。イラッとする。近頃のカイト的にはなんにでも理由を求めるのが流行ってるみたいだ。昨日も「なんでマスターは髪の毛を伸ばしてるんですか?」とか聞くし、おとといなんて「なんでマスターはラーメンが好きなんですか?」とか散々問い詰められて、もう答えるのもいい加減に面倒なのだ。
「マスター、ねぇ。試しにカイトのあとに何か付けてみてください」
「カイトくん」
「普通すぎます」
「カイト、ちゃん」
「なんでちょっと笑ってるんですかマスター!」
「ふ、いいじゃんもうカイトでさ。めんどくさいし」
「めんどくさいって言った…」
あ、しまった失言だ。ぐううと鳴くお腹を片手で軽く押さえる。カイトは男のくせに打たれ弱いし、よく落ち込む。今も心なしかなんだか涙ぐんでいる。男のくせに。あー腹減った。
「あのね」
「…はい」
「カイトはありのままが一番なんだから」
「マ、マスター…!」
「だからね、呼び名がどうとか関係ないの。気にすること無いからね、うん」
「はい…!!」
わかってたけれど、相変わらず立ち直りが早い。取って付けた様な言葉にも、喜色を満面に溢れさせて笑う。やっぱり大型犬だな。よしよし、と私のより高いところにある頭を撫でる。腕痛い。カイトの見事に青い髪がさらさらと揺れた。うらやましい。よこせその毛と思いながらも、もういいかな、と思って手を頭から離す。
「マスター朝ごはん出来たよー」
奥からソプラノが聞こえてきた。咄嗟に声がした方を辿って振り返る。キッチンからエプロンを付けたミクたんが、ひょっこり顔を出していた。
「マスターお腹空いてるよね?」
「ミクたあああん!」
なにこのかわいい子。直ぐさま走り寄って抱き着く。わ、なんだかキッチンからおいしそうなにおいがぷんぷんする。また腕を上げたなミクたん。すごいなぁ。頬をすりすりすると照れたように笑う。かわえー!
「ミクたん〜」
「ふふ、マスターくすぐったいよ」
「……」
癒されましたごちそうさまです。かと思えば後ろからどよんとした空気が漂ってくる。少し離れたところからそちらを見たら、カイトが「俺にはしてくれたこと無い…」とか言いながら指をフローリングになすりつけ、いじいじと動かしていた。しかもメソメソ泣いている、というオプション付きである。そんな重たいオプションはいらねえ。
はああ、と大袈裟に溜め息を吐いてからカイトに近付く。仕方ないから、ネギを買うついでにダッツも買うことにした。何味が良いのかな。期間限定とか、喜びそうだよなぁ。
/物足りないです
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