雲行きが宜しくないのだ。
ソファーに寝転び、仰向けば金魚と目が合う。真偽は定かではない。彼なのか彼女なのかわからないそれは瞬きなんてしないまま、見えない方へゆらゆらと泳いでいってしまった。寂し。私は魚類までに見捨てられてしまったのか、なんて考えながら体を投げ出す。力を抜く。良いとは言えない質感のソファーには万事屋のニオイが染み付いていた。仰向けでもわかる。銀時がさー、まだ帰って来ないんだよ。アンタしかいないんですよ私には。ねえ聞いてます?



「おーいキンちゃァァァん」
「誰がキンちゃんだ誰が」
「へっ?」
「彼氏より金魚ってか?」
「いつの間に帰ってきてたの?」
「ずっとお前の後ろにいたけどー」
「嘘つけ」


なにやら彼は難しい顔をしていた。ふう、と息をついて向かい側のソファーにどっかり腰掛ける銀時を横目で見る。



「おかえり」
「たっだいまー」
「手ェ洗った?」
「お前は俺の母ちゃんか」
「に、なる予定」
「はいいィィィ?」
「妻兼母ちゃんだよ」


目を細めて、なんとも微妙な顔をした銀時の顔真似をしてみる。私の発言は彼の想定外だったらしい。真似は、きっと似ている。


「ぶっ、超ぶっさいく」
「ぷぷっ銀時もね」
「お前には負けるわ」
「銀時には勝てないなぁ」
「んだと」


まっすぐこちらに伸ばされた手に危機感を感じて起き上がろうとするが、あと一歩というところで坂田の毒牙にかかってしまった。両のほっぺたを引っ張られたのだ。この微妙な体勢のせいで腹筋が震えている。運動不足具合に、無言で少し悲しくなった。



「いひゃいなぬぃひゅんの」
「喋れてねーぞー」
「ぐぃんとぅきがしたんれほ」
「ぐぃんとぅきて何だよ。ったく、旦那様候補の名前くらいちゃんと言ってもらわねーと」



う、上手く喋れない。だから銀時がそうしたんじゃん、とムッとすると同時に胸の奥がくすぐられたように痒くなった。離せ、と多分物凄く気持ち悪いであろう変顔をかまして、銀時が「何その顔」なんて言ってドン引く。隙を見計らって腕を払い、前のめりになって卓に体を乗せていた彼が元の位置に戻る。やっと解放される。力を抜いてまた仰向けになる。へんなかお、だなんて今更そんな事は躊躇われる内に入らないのだ。それはとても嬉しいことかもしれない。特技が顔芸でよかった、なんて久しぶりに思った。役に立つのは子供をあやすときか睨めっこぐらいだ。


「今のもっかい!」
「あ?」
「旦那様の名前くらいって、ほらほらほらほら」
「うっとうしいわ、二度も言うかバーカ」
「チッ使えない天パ」
「おい今なんつった天パ馬鹿にしなかったかおい」
「銀時を馬鹿にしたんですぅ」
「本当性格悪いですねー」
「それに付き合ってる銀時も相当ですねー」
「そうですねー」


語尾伸ばしすぎたら気持ち悪くなってきたけれど、くだらない会話は楽しい。何かを飲み込んで淡々とこなすより楽しい。きっとそうだ。仰向けって楽だけど、埃吸い込みやすいから嫌だ。目玉を上に動かせば、キンちゃんがすいすい泳ぐのが逆さまに見える。きれいだ。


「あ、雨」
「やっぱり」
「何が?」
「雲行きがアレだなぁと思ってたんだよね」
「嘘つけ」
「そんな事無いやい、銀時そっち見てみ」
「あー?」


雨がざあざあ降っている。洗濯物。そう言うと彼はああ、と頷いた。心配しなくても外には無い。私が一人で部屋に入れて畳んでおいたんだ。日常的な無機質な作業だって、彼の為だったから力が入ったのだ。それを言うのは簡単だけれど、未だやめておいた。いや、銀時は別に心配なんてしていなかったかもしれないけれど。



「布団もね。取り込んでおいた。どうだ、まいったか」
「いや、そこまでの事じゃなくね?」
「私を褒めたたえたまえ。今日も同じ布団で暖かく眠れるのである」
「へいへいご苦労さん」
「や、そういやしんぱっつぁんと神楽姫は?」
「あー志村家」
「へいへいご苦労さん」
「真似すんな」


「だってそうじゃん、へへへ」
「まあそーだけど。とりあえずその笑い方直せ、な」
「うん愛の力で」
「そうかい。じゃあ愛の力でついでに歯ぎしりも宜しく」
「多分ラジャー」
「なにブラジャー?」
「違うよ親父かよ鳥肌立ったよ」
「愛の力で我慢」
「じゃあ銀時も愛の力で天パ治して」
「無理だね」
「自分で言っちゃったね」
「…うん」
「泣くなよ銀時!それでもクルクルパーか!」
「クルクルパーだからだよ」



二人なのに賑やかだね。循環しない、滞りもしない、常に変容していく愛がある。勿論、それは素晴らしく良いものだ。そうだ、キンちゃんに彼氏もしくは彼女をつくってあげよう。私達みたいに、ラブラブできるように。そんなことを思いながら目を閉じたら、雨の音、心地いい。


10.08.16



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