※3Z


「ねえ、誰が好きなの?」
「へ?あ、…ええっと」

物凄く、終わりがどこかわからない程高い壁で出来た塀に閉じ込められたような。私は現在同じクラスの女の子、それも目立つタイプの集団に取り囲まれて、押し潰されそうになっている。本当に潰されそう。威圧的なオーラにあてられては、縮んでその内に抹消されそうだ。

「教えてくれたって良いじゃん、ねっ?」
「あ、はは……」

のんべんだらりと休み時間を過ごすのが常だったのに、今日いきなりこのような災難に見舞われるなんて本当に災難だ。ぐいと顔が近寄って来て、咄嗟に軽く寄り掛かった背もたれが軋む。はは、は。首を回して教室を見渡す。さっきまで私と話していた友達は引き攣った笑顔になってから、そそくさと逃げるように自分の席についてしまっていた。

あああ!ひどいわ!裏切り者!いつかどこかで見たような、演劇の台詞みたいに心の中で叫ぶ。今私は鬼のような形相であるに違いない。彼女に目を合わせると、友達はちらりと「ごめん」の口パクと共に私に一瞥をくれた後、かなりの勢いで教室からダッシュで出ていった。おい。少し泣きたくなった。


マキコ?ちゃんの強気な物言いと、キツく黒く縁取られた大きな瞳に押されて心臓が跳ねた。そんな気がしてならない。おかげでチキンハートが大分丈夫になってきた。強行突破。四字熟語を思い浮かべる。その場しのぎでそんな事をしたら、これからの高校生活エンジョイどころか一気に真っ暗闇に陥る筈だ。わかっている筈なのに脳裏によぎったそれはなかなか消えなかった。揉み消す。口角をあげて笑え、なるほど。混乱中の脳内からやっとのことで直々に指令が下る。

「いやあ、先輩、なんだけど…」
「えーマジでー!」
「ま、マジ」
「誰!誰なの!?」

酷い剣幕だ。可愛い顔が台なしだよ、苦し紛れに悲しくなったと同時に、今なら緊張で死ねるという確信が持てた。時間が固まっているようだ。一秒が途方もなく、長く、遅く感じられる。どうして今更こんな風に問い詰められているのか、なんて今になって疑問が沸いてきた。それでもそれどころじゃない。言わなきゃ(あらゆる意味で)殺されるのだろう。

「……山崎、せんぱ…」
「うわー意外!」
「なーんだあ、知ってたらアタシ手伝ってたのにぃ!」
「は、ははっ」
「マリコは自称恋のキューピッドだもんね〜」
「自称じゃないしっ」
「ウケる〜」
「「あはは!」」

ちいっともウケない。面白さを見出だせない私が変なのだろうか。いやいやいやいや。聞いたなら最後まで聞いてくれよ、と伝えられるわけない意見が渦巻く。この状況を自力で脱することは不可能で、結局チャイムが鳴り渡るまで、マキコ?じゃなかった、マリコちゃん達は私の席を離れなかった。普段は好きではないチャイムも今だけは救いの鐘と名付けてあげたくなるくらいだ。誰にでも無くチャイムに助けられた。


「つ、疲れた…」


今の私は脱力感だけに支配されている。もぬけの殻とはこの事だとよく思い知った。授業開始早々、当然のように勢いよく机に顔を伏せるのだった。





ふにゃり、と溶けるように笑う先輩はきっと誰よりも素敵で、いつもさりげなくいい匂いがする。見てるだけですっごくシアワセってカンジなのに、なんと私は先輩の彼女なのだ。信じ難いけど、嬉しい事実。やさしくって、親切で。地味だとか言われてるのだって山崎先輩の周りがハデな人ばかりだからってだけであって。気にするような問題じゃないのだ、と一人頷く。たしかに、さっき私を取り囲んだ女の子グループ達は、目立つ沖田先輩とか高杉先輩とかが好きなのかもしれないけれど。私は山崎先輩がすきなんだもん。他は関係ない。自慢の彼氏、だもん。ぶすくれながらオレンジジュースを飲んでいると、とんとんと肩を叩かれる。振り向くと、さわやかな笑顔が視界に入る。今まで荒んでいた心が溶かされるようだ。

「やあ」
「や、山崎先輩!こん、にちは」
「こんにちは。でもさ、それやめない?」
「へ」
「退でいいよ」

彼女なんだし、と照れたように笑う。きゅーん!私の心に先輩は大ダメージを残した。勿論いい意味で。ガタ、と椅子を引いて隣に自然に座る先輩。緊張のせいでオレンジジュースのパックを持つ手に力が入り、無惨にも潰してしまった。掌の中からオレンジのキャラクターが歪んだ笑顔でこちらを見ている。
…なんだか怖い。わたしがそんな風に色々考えているのを知らない山崎先輩は、よかったら俺にもそれくれない? とキラキラスマイルを飛ばしてきた。動き回る背景から浮き出るように、それだけ輝かしい。思わず倒れそうな破壊力だ。

「え!これをですか!?」
「うん 駄目?」
「あ、イヤその…全っ然バッチグーなんですけど!あの…」
「あはは、やっぱ面白いね。もしかして照れてる?」
「は、ははー…」

全然バッチグーってなんだよ、って思われている。絶対。間接キスは諦め難いけど、パックは潰れちゃっているし、理由を説明出来るスキルも度胸も私には無い。だって、貴方が隣にいる緊張で思わず握り潰しちゃいました!なんて言える気がしないのだ。可憐な女の子だなんていうのは、無理かもしれないけれど、さすがにこれはまずい。一度考え出したらそれしか考えられなくなってしまう。汚いだとか乱暴だとは思われたくない。ただしそんなに女の子らしくもできない。むずかしい。

「じゃあ、わたしもうひとつ買ってきます!」
「え、ちょっ!」


先輩が何か言ったのも振り切り、急いで制服だらけの人込みに紛れた。そっと安堵の息を吐く。そうだ、山崎先輩…いや、さ、退先輩が好きだと言っていたあんパンも買っていこうかな。うん、そうしよう。慌ただしい子だ、という印象が付いてしまったかもしれないが、しかし、私は後悔はしていないつもりだ。
とても清々しい気分。山崎先輩がその後やさしく溜め息をこぼしたのも思いきりにやけていたことも、沖田先輩に教えられて私が知るのはもう少しだけ、先の話だ。


気化したひとつまみのまやかし



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