それは純然たる欲望だった。
何の脈絡も関係性も持たず、ふと暴力的な勢いを伴って襲いかかってくる、衝動と呼ぶべきような。

その欲望に捕らわれた瞬間、わたしという存在は栓を抜いた浴槽のように急激に空っぽになり、衝動に理性は支配される。細胞の核すらもが、欲望の虜になる。

「 、」

と、喉から、単語になり損ねた言葉が、意味を成さずに漏れた。
手にした対の刃は鈍色。ひやりと冷たいそれは、細められた捕食者の目のような、ぎらついた輝きを放ち。


───しゃきん


断ち切る音はやけに鮮やかで。
波紋を広げるように、余韻が鼓膜を震わせた。

ぱらり、無音が落下する。

腹の底で怒りの如く煮えたぎっていた衝動が、ゆっくりゆっくり、鎮まってゆく。
まき散らされた細い黒のラインは、方向性を見失ったベクトルのようだった。





(ああすっきりした)


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