俺の幼なじみはワガママだ。 「時間がないって? ないものは作ればいいんだよ、どうせ君、わたしより暇人だろう」 「いやまったくもってその通りなんだがちょっと待て今日は大事な講義があってだな」 「大事? わたしの言葉より大事なものなんてあるのかい? それは是非とも教えてもらいたいものだね。わたしが大学に迎えにいってあげてもいいんだよ。ヘリとリムジン、どっちがいい?」 「謹んでそちらにお伺いさせていただきます」 「過剰敬語だ」 「うるせー!」 怒りとともに電話を切った。今から行けと。もう大学着いてるってのに? いやでも行かなければアイツは確実に迎えにくるだろう。迎えにくるなんて言い方はかわいいくらいで、どっちかというとハイジャックする勢いで乗り込んでくる。 以前、一度だけ呼び出しを無視したら、大学の前に数台のリムジンが停まって、講義室に乱入してきた黒服にドナドナされたことがある。権力の無駄使いである。 「すまんな若いの。これも仕事なんだ……許せ」 申し訳なさそうに俺を俵担ぎする美声の黒服さんは胃のあたりをさすっていた。 職権乱用も甚だしい。切実にやめてほしい。 それ以来、俺は話し合いという平和的解決を試みているのだが、悲しいかな、いまだに実現には至っていない。 「仕方ねぇ、行くか……」 またドナドナされるのはごめん被りたい。北朝鮮に誘拐されたとかあらぬ噂が立ったからな。 だがこれだけは言わせてくれ。 「お前の家、こっから遠いんだよオォォ!!」 ♪ ♪ ♪ そこはかぐわしい薔薇が咲き乱れる庭園だった。 世界を股にかける大企業の一人娘である俺の幼なじみは、この薔薇園を支配する女王───あるいは、もっとも気高く棘の多い、それこそ一本の見事な薔薇のような女だ。赤い服を好んでよく身につける彼女は、今日も真っ赤なパンツスーツを優雅に着こなしていらっしゃる。 「俺、何でコイツと幼なじみなんだ……パンピーなのに」 ぶつぶつと文句を言いながらも紅茶を注ぐ手は止めない。どうして俺が執事の真似事をしなければならないと理不尽には思いつつも、もうすっかり紅茶を用意するのは板に付いていた。 「ほらよ、お嬢」 「ああ、ありがとう」 傲慢で自己中心的なお嬢は、それでもこうやって差し出した紅茶に礼を忘れたことは一度もない。俺は自分のカップにも紅茶を注ぐと、お嬢の向かいの椅子に腰掛けた。 「で?」 「うん?」 「何か俺に用があったんじゃないのか」 お嬢が俺をいきなり呼び出すのは、だいたいが仕事関係でストレスがピークに達したときか、その逆で仕事がなくて暇なときかの二択だ。 「ん〜……」 珍しく歯切れの悪いお嬢に俺は首を傾げると、何かあったのか? と聞いてみた。覇気のないお嬢は、なんというか、気持ち悪い。 「失礼な。女性に気持ち悪いなんて言うものじゃない。だから君は未だに彼女のひとつもできない童貞なんだ」 「言ってねぇよ! 心を読むな!」 思いはしたが口にはしていない。というか、どうしてお前は俺がKIRIN(彼女いない歴=年齢)だと知っている。心配してやったというのになんて仕打ちだこの野郎。 「甲斐甲斐しくわたしの心配をするより、できるだけ早く就職するか結婚しないとただのパラサイトにしかなれないよ? お父様やお母様を泣かせるのは君だって本懐じゃないはずさ」 「社会は俺に『働け』って言うくせに企業は俺を『不採用』って切り捨てんだよ! その顔やめろ!」 呆れた様子のお嬢にイラッとした。同情まじりの視線もアレだが……ええい腹立たしいな! 「まあ、君みたいな住所不定無職で将来と幸先が不安な男を雇う物好きな人間なんてわたしくらいのものだろうけどね」 「いや住所は特定されてるぞ」 「無職で将来と幸先が不安なのは認めてしまうんだね」 「というかお嬢、将来的に俺を雇ってくれんのか?」 「現在進行形で雇っているじゃないか。 無償で」 「それ雇ってるって言わないよな!? 雇ってるって言うなら一円でもいいから給料寄越せよ!」 「本当に一円でいいのかい?」 「いやよくないけど」 「今の君に支払うお金があるならユニセフに寄付したほうが立派な使い方をしてくれるよ。今日一日を生きるのに精いっぱいな子どもたちをたくさん救ってくれるのだからね……」 「傷ついた! 言い返せないって事実に傷ついた!」 「まあ、これでも君を雇って正解だと思うことはあるよ? なんてったって、うちの執事よりはマズいが紅茶と有意義な時間を提供してくれる」 「褒めてねー!」 「おかげでわたしはバター犬よりも役に立たない犬を飼っていると噂される羽目になっているけどね」 「せめて警察犬にして!」 「キミが警察犬より役に立たないなんて火をみるより明らかじゃないか」 「もうこのお嬢いやだ」 「いやはや、心外だ」 「俺がな」 脈絡のない応酬で、これで少しは元気がでるかと思いきや、なかなかそうはいかないらしい。お嬢はわずかに曇った表情で、実はね、と口火を切った。 「お父様がわたしにお見合いを勧めてきたのさ」 「ふーん……って、はぁ!?」 憂鬱そうなお嬢に気を取られ、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。 「相手企業の社長の息子は日本でいくつか子会社を任されていて、経営も順風満帆らしい。このまま上手くいけば早めに海外進出が可能だし、むこうと手を組めばこっちも更に経営の羽を伸ばせる。幸い社長息子もわりと常識人で容姿も整っているから、お前もきっと気に入るはずだ、と。……わたしは見合いについては至極どうでも良かったのだけれど、ほら、お父様は親馬鹿だから。わたしの嫌がることは決してしないと、どこかで高をくくっていたのだろうね。話を切り出されたときには結構ショックだった」 いつになく饒舌なお嬢は、そうすることで受けた衝撃をごまかそうとしているみたいだった。 なるほど、今回俺を呼び出したのは、どうやらこのことが原因らしい。 結婚の自由が認められている時代に政略結婚まがいのことをされるなんて、そりゃあ不満をぶつけたくもなるだろう。 「で、最終的にその見合いはどうなったんだ?」 「蹴ったよ」 「あ、やっぱりk」 「お父様を」 「親父さあああん!?」 何してんだお前と思いつつも、彼女の気は少しは晴れたようで、先ほどの暗さは表情からすっかり抜け落ちていた。 「わたしに結婚は必要ないさ。どうしても結婚しなければならないほど落ちぶれているわけでもない。第一、あんな小企業、あったところでわたしの引き立て役にすらならないよ」 「えらい自信だな。薔薇に他の花を添えたところで無駄ってか?」 「何言ってるんだい。君がわたしの最高の引き立て役だし、わたしが君の至高の引き立て役だろう? 薔薇を支える花瓶がないのなら、たとえどんな花をいくら添えたとしても無意味なだけだ」 お嬢は上品な動作でカップを運ぶと、目を伏せて紅茶を一口飲んだ。 かちゃり、カップがソーサーに戻る。 「どうしたんだい? 随分な阿呆面だけれど」 「………………うるせ」 嫣然と微笑むお嬢は、やはり美しくほころんだ一本の薔薇だった。 《ROSEATE》 さあ、わたしを射止めてごらん 「つまらない話ですっかり紅茶が冷めてしまったね。雇うと宣言したからには手始めに仕事を覚えてもらわないと。さ、淹れなおしておくれ」 「無給だけどな! ただのボランティアだけどな!」 「慈善活動だなんて殊勝じゃないか。これからもわたしの心の平和のために頑張っておくれよ?」 「だああ墓穴掘ったァ!」 back |