「そんなことないだろ。絶滅危惧種の動物だって、殺したらそれなりに咎められると思うぞ。特に最後の一匹とか」
「でも人は絶滅危惧種なんかじゃないもの。わたしが言いたいのはそうじゃなくて───ううん、何て言ったらいいんだろ」

妹はしばらく言葉を探していたが、上手い表現が見当たらないのかうんうん唸っている。やがて妹はしどろもどろにこう言った。

「世の中から憎まれてるような、凶悪な殺人犯を、誰かが殺したとして。社会的にいいことをしたとしても、いちばん悪いのは、殺人犯を殺したその人でしょ?」

言ってるうちに自分でもわけがわからなくなったのか、妹は足でフローリングの床を叩いた。背中越しに振動が伝わってくる。

「つまり何だ、危険な動物を駆逐するという行為が人間では適用されないってことか?」
「だいたいそんな感じ」

落ち着いた妹は大きくため息をついて、俺の背中に更に体重をかけてきた。

「たとえどんな理由があったとしても、人殺しは許されないのよ。被害者よりも加害者の方が、深い傷を負っていても」

ようやく自分も納得することが言えたと妹はかすかに笑う。俺はふと悪戯心がわいて、妹をからかってみた。「じゃあさ、お前はさ、想像もつかないほど心に傷を負った奴になら、俺が殺されてもいいっていうのか」
共有した背中のぬくもりがそろそろ熱になりかけていたから、そっと離れて妹を見る。ぱちぱちとまばたいた妹は、む、と眉間に皺を寄せた。

「それは、ちょっと……困る」

俺は笑った。やけに深刻そうなのがおかしくて、少し胸のあたりがくすぐったいような気分になる。嫌だ、ではなく、困る、と言うのが妹らしかった。

「そういうことだよ」
「……わかったようなわからないような」
「自分の命の価値なんて自分じゃわからないだろ。だけどその代わり、他の人───家族とか、友達とか。大事だろ。いなくなってほしくないだろ」

うん、と妹は素直に頷く。俺はその頭を撫でてやった。

「赤の他人にだって、大事に思ってる奴がいて、大事に思われてるものなんだ。俺の見方は一方的だから、世の中そうじゃないかもしれないけどな。誰にも愛されずに死んでいく人だって、やっぱりいるかもしれない。こんな御時世でもころころ人は死んでいく。でもな、それを悼んで泣く人もいるんだ。命っていうのは、生と死の両方の上に成り立ってるんだよ」
「両方?」
「そうそう。ご先祖さまとか両親が生きてきたから、今俺たちがここにいるってことだ。俺たちが生きてくには、何かから命を奪って食べていかなきゃいけない。飯食う前にいただきますって言うだろ。陳腐な言葉になっちまうけどな、そうやって命の尊さを知ることができるのも、やっぱり人なんだよ」

自分自身がそんな大層なことを常に意識して生きているわけではないが、せめて俺の答えが、いつか妹が見つける答えの手がかりに、少しでもなれたらいいと思う。正解なんてない。自分で正しいと思ったことを信じるしかないのだ。

「……わかったような気がする」
「そうか。そいつは何よりだ」

考え疲れたのか、妹はその場にころりと寝転がった。透き通ったとび色の瞳が、俺を見上げる。

「ねぇ、兄さん」
「ん?」
「兄さんならきっと知ってるだろうけど。わたしたちがこうして生きてる毎日って、いつも誰かの誕生日で、誰かの命日なのね」

それに気づけたことが心から嬉しいとでもいうように、妹は綺麗に笑って、祈るように目を閉じた。


背中合わせ

死生観





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