「花がたくさん咲いているなら、ひとつくらい摘んでも良いよと大人は言うじゃない。───花を手折るのと人を殺すのは違うだなんて、どうして言えるの?」

妹が、難解を通り越して答えがないような質問をするのは、なぜか両親ではなく、決まって俺だった。

「……藪から棒に何だ」
「兄さんなら答えてくれると思った」

親を困らせるために屁理屈ばかりこねる子どものような問いを、妹は冗談で笑うでもなく、いたって真剣なまなざしで投げかけてくる。決して嫌みでそんなことをしているわけではなく、ただ純粋にふしぎに思っただけで、そこに他意はないらしい。最近知ったのだが、妹がこんな風な態度で答えづらい質問をしてくるのは、ひとしきり自分なりに悩み、考え抜いた後だということだ。よくわからない信頼のされ方である。

「だって、こんなにたくさんいるのよ。すこし減ったところで、生態系に影響を及ぼすわけじゃないのに」
「スケールがデカいな」
「ねぇ、」

どうして。真面目な顔でそう訊く妹に、その場しのぎのごまかしやはぐらかすような答えは通用しなさそうだ。いい加減なことは言えない。とは言え、神さまが人に与えた永遠の宿題みたいなこの問いに、正解があるわけもなく。
ふむ、とどう答えようか迷う俺の背中に、妹がもたれかかってきた。ほどよい温もりが、服越しに伝わる。心なしか疲れているようだ。

「……わたしも一応考えてはみたの」
「ん?」
「法律で決められてるから、とか。社会の秩序を乱さないためとか、あと。自分が殺されたくないなら相手を殺すべきじゃあない、とか。でも、どれも釈然としないっていうか……説得力ないなぁって」
「まぁ、そうだろうな。一般論だし」
「ねぇ、兄さんは? 兄さんはどう思う?」

背中にぐっと体重がかかる。

「あのな、法律で決められてるとか言ってるけど、厳密に言うと刑法に人を殺してはいけないなんて書かれてないぞ」
「そうなの?」

初めて知ったのだろう、妹の語尾が驚きに跳ねる。

「人を殺したら罰せられるってことは書かれてるがな。───結局、殺すなって言ったって無理な相談なんじゃないか? たとえ自分が殺さなくても、他の誰かが殺すんだ。不利益を提示することで、思いとどまらせるのが精一杯で、人が人を殺すのはどう足掻いても止められないって知ってるんだろ」

考えながらだから、ひじょうにゆっくりとした口調になってしまったが、妹は俺が話し終えるのを静かに待っていた。それからぽつりと呟く。「でも、許されないのは人だけだわ」