しずかな朝というものは、しかし決して無音ではない。 鼻孔をくすぐる、ほろ苦い珈琲の香りを嗅ぎながら、私はそれを感じていた。 さして広くもない、ごく一般的なマンションのリビング。目を閉じずとも、ただ耳を澄ませるだけで。 冷蔵庫の低く小さい稼動音。時計の秒針が、かちこちと立てる音が、私に一秒を二秒を飽きずに知らせてくる。窓の向こうから聞こえてくる、子どもたちの高い笑い声。マンションに近い道路を、車が列を成して走ってゆく、その振動が、窓ガラスをかすかに震わせる。 静かだ。 けれど無音ではない。 深い森の中で、木々のそよぐ音を、鳥の鳴き声を、水のせせらぎを聴くような心地よさ。 未だに覚醒しない頭が、ふたたび眠気を思い出す。 静謐。 ふむ、と、えもいわれぬ満足感を味わいながら、私はまだ温かい珈琲を口に運んだ。 淑やかな風景の沈黙 back |