誰かがはっきりと口に出して「駄目だ」といったわけではないけれど、誰もがはっきりと頭の中で「駄目だ」と知っている。一線を越えて、未だ知らぬ領域に足を踏み入れるということ。禁忌を犯すということ。

それはわたしたちが持ってうまれた、唯一のデジャ・ヴ。

「もう眠ってしまったの」

「…起きている」

彼はその言葉を証明するように、わたしを手繰り寄せて、あたたかな腕を回した。そして、雑だけれども、ひどく優しい手つきでわたしの髪を撫でた。触れ合う肌の、少し高い温度と、ぬるまった空気の間で、互いにふわふわと微睡みながら、ただ時間に流される。

「ねえ、」

「…なんだ」

「もう一度、キスをして」

そう言うと、彼は───兄さんは、わたしの顎を摘んで上を向かせた。暗い闇に、兄さんのあまり日焼けしていない白い肌と鎖骨が浮かぶ。目を閉じた。
額に、瞼に、頬に、鼻に、ぬくもりが触れては離れてゆく。
最後に唇と唇が、待ちわびたかのように重なる。深く深く、逃れられないと、逃がさないと、わたしに教えるように。烙印を刻み込むように。

「一度で良かったのに」

「不満か」

「…ううん。嬉しい」

「……もう眠れ」

甘やかな拘束が強くなって、わたしの頭は兄さんの胸に抱きかかえられた。深さを増した闇は、まるで海の底が近づいたみたいだった。
あやすように背中を叩かれる。闇がまた、近づいてくる。朝がどんどん遠ざかってゆく。
嗚呼。
落ちて墜ちて堕ちて、逝きつく先は、どこなのかしら。地獄かしら。それならきっと、天にも昇るきもちで地獄におちるのね。兄さんとふたりなら、地獄も極楽になる。
枷を付けて閉じ込めて。朝の光すら届かないくらい深い場所。あなたのなかで、わたしを飼って。

いつか輪廻の輪から零れて魂が帰ってこれなくなっても、ずっと離さないでいて。

優しい檻が、施錠される。



白 い 闇 が 朝 を
塗 り 潰 し て ゆ く



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