「ほほう。じゃ、もしかしてプレゼントの内容を一緒に考えてほしいってコト?」 先回りして雪緒がそう訊くと、啓介はこくりと小さく顎を引いた。どちらかというと童顔の啓介がその仕草をすると、いかにも子どもらしく見える。雪緒は以前に啓介から語られた、彼の家庭事情を思い出してみた。 「そーいえば、啓ちゃんの家は親御サンが多忙で、おにーさんが啓ちゃんの世話してるんだっけ」 「そうそう。お袋も親父も仕事人間で家にいねえもんで、昔っから兄貴が俺のことずーっと面倒見ててくれてさ。社会人なってからますます忙しいくせに、早めに帰って来れる時はちゃんと帰って来て、メシ作って一緒に食べてくれるんだよな。昨日みたいに」 「イイね。でもさ、結構大変じゃないの? おにーさんがいないなら、基本的に啓ちゃん一人でしょ。実家通いのくせに下宿生みたいな生活になるね」 「そりゃ、な。けど、それこそ兄貴にいろいろ教えられたし、意外と何とかなってるぞ。年齢差が微妙だろ、うち。二歳差じゃなくて三歳差だからさ。俺が中学行く頃には兄貴は高校で……やることが全然噛み合わないから、自分の世話くらい自分でできるようになってもらわないと兄貴も困ったんだろうな。スパルタで家事全般叩き込まれて、学校の家庭科の授業が幼稚園のお遊戯に思えるくらいにまでなったぞ」 「へー! じゃ、啓ちゃんしっかり家事できるんだ。すごいね、好感度ゲージ鰻上りじゃん」 雪緒も下宿生ではあるが、掃除や洗濯といった基本的な家事以外は自ら進んでしない。率直に啓介を評価すると、そういう風に褒められたことがあまりないためか、啓介ははにかんで笑った。その照れくささをごまかすように、彼は両手の指を無意味に突き合わせながら、口早に喋る。 「おう。掃除とか洗濯とか買い物とか……掃除はリビング風呂場とか、自分の部屋以外のトコだけどさ。兄貴がいない時は兄貴の部屋もちょこちょこ掃除したりするけど、兄貴はあんまり自分の部屋いじられるの好きじゃないから埃が積もらない程度にな。うち自炊派だから料理もする。俺はあんまり好きじゃないけど、俺がメシ作らないと夜遅く帰ってきた時の兄貴のメシもないし。毎回感想とかアドバイスをメモに書いてテーブルに残してくれるから、それが嬉しくって嫌々ながら続けてこれたってのもあるかな。ああ勿論洗い物もするぞ? 兄貴はちゃんと自分で使った食器、自分で洗うから言うまでもない。作って食べて片付けてまでが料理だって言ってた、家に帰るまでが遠足だよってのと同じ。買い物は時間とか冷蔵庫と相談して、あとは広告見て安いの探したりタイムサービス狙ったり。休日も似たような感じかな。ああでも、庭の手入れとかは休日じゃないとできないよな。昔は兄貴が適当に花とかハーブとか育てて綺麗にしてたんだけど、最近は忙しくて面倒見きれないからって、全然彩りがなくてさ。簡単なヤツなら俺もちょっと育ててみようかなって思ってて、ゆーくんそういうの何か知らない? あ、でもこういうのはプレゼントになりにくいか」 雪緒はむせた。 「…………主婦か!」 雪緒の渾身のツッコミに、「馬鹿言うな、下宿生と基本は同じだろ?」と啓介は真顔で返してきた。 「下宿生でも毎日ちゃんと自炊とかしないから! 適当に外食とかコンビニで済ますとか、面倒なら一食抜いたりする奴もいるから!」 「何だそれ不健康じゃん。ゆーくんもそんなことしてんの? ダメだろ」 「あ、ごめんな。これからは気をつける……じゃなくて!」 うっかり流されそうになるのを慌てて遮ると、雪緒は大きく咳払いをして仕切り直しを試みる。啓介はいきなり咳き込んだ雪緒の態度に困惑していたが、困惑したいのはむしろ雪緒の方である。しかも唐突に饒舌になった自分にまるで気づいていないときた。わざとなのかと疑いたくなるのも無理はない。 「俺、そんな変なこと言ったか?」 「……いや。どうなんだろうね?」 曖昧な返事をしてしまうくらいには雪緒も混乱していた。どうも基準がおかしいらしい。未だ見たことのない啓介の兄とやらに、雪緒は畏敬の念を抱かずにはいられなかった。 「この際だからはっきり言おうか。啓ちゃん、キミどこに婿出しても恥ずかしくないくらい立派に躾られてるよ」 「まじで!? これ普通じゃねえの!?」 「それが普通とか本当立派だよ啓ちゃん……嫁さん裸足で逃げ出しちゃうよ……」 見損なったこと一回もないけど見直してばっかだよ、と呆れているのか感心しているのかよくわからない口調で雪緒はそう言った。 「第一、下宿生は賃貸に住んでたりするんだから、庭持ちの子なんて希少種だって。ガーデニングが趣味なら話は別だけどさ。つーわけで、残念だけど俺はそういうの知らない。ごめんね?」 「そっか……いや、うん。気にすんな」 いったい何に対する「そっか」なのかは不明だが、心ここにあらずといった感じで啓介は幾度か頷き、雪緒のあずかり知らぬところで何事かを納得したようである。置いていた箸を取り上げ、白米を摘んで食事を再開する。 「よく考えたら、ガーデニングしたところで兄貴が帰ってくるのだいたい夜遅いし、朝もゆっくりできないからやっぱり意味ないよな。却下」 |