悪夢


…恐る恐る顔を上げると、そこにはもう誰も居なかった。

「た、助かった…?」

どうやら親衛隊長はどこかへ行ってしまったらしい。
制服に着いた砂を掃いながら立ち上がったが、安心したせいか、なんでか今更膝ががくがくと震えて来て、そのまま地面に座り込んでしまう。

…俺は一体どうしちゃったんだ、そして、俺の日常は、どうなっちゃうんだろうか?

無性に切なくなってきたと同時に、親衛隊長に必殺技を食らわされた腹がずきずきと痛み始めた。

……やばい、泣きそうだ。
目に涙が溜まって地面が霞む。


「さ、さすが、一撃必殺…メテオプラズマ拳…!俺の涙腺を崩壊寸前に追い込むとは…」


…だけど、絶対に泣くもんか。

あんな、変人ナルシストとその親衛隊長なんかに、泣かされてたまるもんか。
そう思いながら呟いて、ぐっと拳に力を入れる。

「俺は大丈夫だ、バク転も出来るし大丈夫。立ち上がれ俺の足!干からびろ涙!大丈夫大丈夫、俺は大丈夫!セイッ!」

自分で自分に葛を入れて一気に立ち上がり、微笑みさえ浮かべて、軽やかな気分で前を見た………ら、その先に、30代半ば辺りだろうか、スーツ姿の男の人が、俺を見ながら呆然として立っていた。




えっ…?




−−−−−−−−−−−−−

『時が、止まる』
詞:河合 総一

そう その瞬間 時が止まる
何がなんだかわからない衝撃

理解出来ない状況
一瞬一瞬が凍結

やっちまった罪悪
してないぜ後悔
するもんか反省
いややっぱりするぜ後悔
もう既にしてるぜ反省…

願いがひとつ叶うなら
このまま時間を止めてくれ
それが無理なら
俺の記憶を消してくれ…

−−−−−−−−−−−−−


…ちょっ、違、こんなポエム作ってる場合か!!!
や、やばい、この人誰!?
つーか見られてた!?
聞かれてた!?

「あ、ああああの…」

意を決して口を開くと、それを遮るように男の人が言った。

「大丈夫だ、俺は何も見てない」


あああああ見られてた!
これ絶対に全部見られてたし聞かれてたよ!

「そ、そうですか…」

「…会議があるので失礼する」


男の人は、それだけ言うと神妙な面持ちで校舎内へ去って行った。
…あ、よ、良かった、何も突っ込まれなかった!そりゃそうか。
俺は高校生、相手は大人!
俺みたいな子供が何をしてたってどうでもいいだろう。
もう二度と会う事も無いだろうし、大丈夫大丈夫。

…そう自分を励ました次の瞬間、気付く。
ここは学園の敷地内だ。
そしてスーツ姿の男の人は会議があると言って校舎内へと入って行った。


あの人、教師だ多分………



今度こそ俺は泣いた。




「国御田先生って、1年B組の担当してますよね?…河合総一って、どんな生徒ですか」

「んんん?白石先生が生徒の事を聞いてくるなんて珍しい。恋か?青春か?キッショいわ…教師の風上にも置けんわどっか行け」

「ジジィてめぇ殺すぞ!昨日の会議も結局ブチりやがって!教頭マジ切れしてたからなてめぇ全部バレてるからな!」

「マジか!じゃあ今朝の会議もバックレるわ。白石先生、あと宜しく」

男の人の正体は白石先生で、国御田先生はやっぱり陰湿なジジィだというお話。


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